竜と姫が、月を仰ぎ見る。その12
「ふごー、ふごー」
リーンは、もはやそういう風に喋っているとしか思えない寝息を立て始めた。
気づけば、結構な時間が経っている。
そろそろ呼ばれなければおかしいくらいだが、一向にその気配がない。
というか、見張りとかすらいない。
恐ろしく信頼されているか、劇的に舐められているんじゃないかと思わされる警備体制だ。
「これは……脱走する展開なのか?」
一考してみる。
……いやあ、どう考えても旨みがないよなあ。
とにかくまず俺がやるべきことは、殺人の容疑とかいう七面倒な冤罪を晴らすことなわけで。
ラヴとかレイヴンとかを交えたコンテンツが展開されるのはその後。
このパート、明らかに尺を取りすぎである。
まあ、「取り調べはなんだかんだ半日以上かかった」という一文で終わるかもしれないが。
そんなことを考えていると、コツコツという足音が聞こえてきた。
ようやく看守的ななにかがやってきたようだ。
これで取り調べイベントが進――――
「…………なんだお前たち!?」
顔を覗かせた看守が仰天していた。
なんだお前たちってなんだよ。
「だめだろ、こんなところに勝手に入っちゃ。
ここは留置場。ラブホじゃないんだよ」
しかもあらぬ誤解を受けていた。
あと異世界にもラブホってあるんだ。まあそりゃあるだろうけども。
「いやいや、俺は殺人事件の容――参考人? で取り調べ受ける予定なんだけど!
レイヴン? なんだけど!」
嘘を吐いていないのに嘘を吐いてる感じになってしまった。
「ええ、ウソぉ?
ここ使うなんて話聞いてないし、そもそも殺人事件?
いつ起きたの? そんなの知らないよ?」
「いやでも現にこうしてここにぶち込まれてるわけで……」
…………?
なんか話がおかしくなってきたな。
「んー…………あれじゃない?
ドッキリ? いたずら? 的なやつ」
「“留置所に一般人をぶち込んでみた!”みたいなこと?」
「そうそうそう!」
「そうそうそう!、じゃねえよ」
過激すぎだろ。アメリカのドッキリでもギリやらねえレベルだよ。
っていうか、だとしたらラヴやイザナがそのイタズラ一派だって?
馬鹿馬鹿しい。あり得ないね。
「でもさあ、留置場って普通、男女分けられてるものだと思わない?
っていうか、分けてるんだよね、普通に」
それから、俺の背後――リーンに視線を向けて、
「あと酔っ払いさん置いとくのって、基本は保護室だしね」
「それは…………まあ確かに……」
な、なんだなんだ。
どんどん話のスジが分からなくなってきたぞ。とりあえず、
「じゃあもう出て良いってこと?」
「いいよ、って言いたいところだけど……。
とりあえず、上に確認してくるね」
「頼むわ」
「ういー」
……なんか人の良さそうな看守だな。
親友キャラの素質をヤツからは感じる。
なんやかんやで仲間になったりするのかな――――。
そんなことを思っていた、そのときだった。
「――では、始めます」
その冷たい宣言は。
俺のすぐ後ろから聞こえてきた。
……氷のような瞳が、こちらを見据えている。
「リーン……?」
何やつ、という悲鳴が飛び出そうになるのを、俺はかろうじて堪えた。
……変貌、という言葉では足りないくらいだ。
酒豪キャラ然とした、人畜無害で陽気だった雰囲気は消え失せ……。
……そこにいたのは、いわば全く別のキャラクターだった。