犯人と死亡記録
「先輩。さっきは気が利かずにすみませんでした…」
車の助手席に乗った織屋は申し訳なさそうに言う。
一方、運転席で運転している加賀谷は何も気にしていないような様子で運転を続けた。
「副署長が弁明してくれると思うんですけど、あの電話の時…周りに同僚や部下の女性がいたなって。刑事課を出てくる時、女性陣が先輩を睨んでいたので」
「気にしてない。それよりも里香から提示された場所へ急ぐぞ」
……
『お兄ちゃんへ
富士の樹海付近にあるコテージに来て。
私はそこで待ってるから。
すぐにわかるよ、一番樹海に近い所。
いくつかコテージが纏まってるから
……待ってる』
……
これが、署を出て間もなくしてかかってきた里香からの電話だ。
里香はコテージに泊まってるに違いない。
「どうしてだろう」
「ん?どうしたんですか?」
「会いたいはずなのに…震える」
「先輩、それは…僕が同じ状況だって震えるし、とっても怖いと思います。今大丈夫なのは加賀谷先輩から勇気を貰っているからです」
「……そうか」
事前に他の同僚に調べて貰っていた里香の勤めるアパレル会社。
そこも、里香は妊娠出産を理由に他言無用で産前産後休業を会社側に提出していたらしい。
会社も家族は当然知っていると思い、わざわざ連絡は寄越さなかったと。
それからもう一つの理由、里香が家族に会社側から報告することを止めていたこと。
織屋は里香の勤めているアパレル会社の資料を鞄から取り出した。
「ここはしっかりしてますからね。産前産後休業はちゃんと受理されています。無理矢理勤務しろなんて言わないはずです」
「それに何故里香が家族への報告へストップをかけたかが問題だ。俺は今までの人生を里香を守るために生きてきた。親父が死んでからは兄兼親父になろうと」
「先輩の婚約者さんは…?」
「…美由紀か、お前はこの所轄に来てから間もないから何も知らないだろう。本名、笹原美由紀。俺の婚約者でよく家に遊びに来てくれていた。里香は美由紀のことを姉のように慕っていた」
「妹さん公認の婚約者だったんですね」
「ああ、まるで俺が父親で美由紀が母親で里香が子供のように見えた。一時だったが、家族だったんだろうなぁ」
織屋は次の資料を鞄から取り出す。
それは、笹原美由紀についての資料だった。
「……?」
「どうした?」
「いえ、死亡しているはずなのに死亡年齢が書かれていなく…」
「あれは確か、里香の短大卒業祝いの年だったな」
「20歳辺りですか?」
加賀谷が一瞬、眩暈を起こし路肩に車を停車させた。
「……悪い、少し気分が」
「お、俺運転変わりますよ!少し休みましょう、加賀谷さん働きっぱなしじゃないですか」
その日は、近くのコインパーキングに車を止めて車内で寝ることにした。
―コテージ、
「くそっ、なんでお兄ちゃん来ないんだよ…早くしろよ」