刀身なき刀
「どいたどいた〜!」
露店の並ぶ大通りを少年が駆け抜ける。後ろで結んだ赤髪と、背負った大きな籠を揺らしながら駆けていく。
「八百屋のばあちゃーん!」
少年が叫ぶと、小さな木造の家の扉を老婆がゆっくりと開いた。
「あら、ハルシ、今日もありがとうね」
「今日も沢山採ってきたよ!」
ハルシの背負った籠には溢れんばかりの山菜が積まれていた。ハルシは籠を置き、両手を突き出す。
「はいはい、今日のお給料ね」
老婆はゆっくりとした動作で四枚の銅貨をハルシに渡した。
「いつもより一枚多い! ありがとう!」
満面の笑みを浮かべるハルシに、思わず老婆の顔も綻んだ。
「おまけじゃよ、そろそろ服でも買いなさいな」
ハルシはボロ雑巾のような服を纏う自身の体を一瞥した。
「立派な刀買うにはもっとお金貯めなきゃいけねぇ! それにまだこの服は着れる!」
「刀?」
「そう! そんで最強の剣士になるんだ!」
「そうかいそうかい。悪魔からこの街を守ってくれるんだね」
老婆は優しくハルシの赤髪を撫でた。
「守ってあげる! そんで有名になって、父ちゃんや母ちゃんのカタキを討つんだ!」
老婆の顔が少しだけ曇った。
「じゃ、俺特訓しなきゃいけないから! また明日沢山採ってくるからね!」
ハルシは風を切り、駆け出した。
「両親を殺したのが悪魔狩りの剣士だったなんて、口が裂けても言えないねぇ」
自分に言い聞かせるように、老婆は呟いた。
「ひゃくきゅうじゅう、ご! ひゃくきゅうじゅう、ろく!」
町外れの草原で、ハルシは素振りをしていた。素振りといっても、刀の代わりに大きな枝を使っていたし、何よりハルシは刀の振り方さえろくに知らなかった。
「ひゃくきゅうじゅう、なな! ひゃく……!」
枝が地面に落ちた。手のひらがヒリヒリと痛む。どうやら豆が潰れたようだった。
「あと三回……ん?」
枝を拾おうとしたハルシの視界に入ったのは、刀の柄だった。
柄を掴み、持ち上げる。それは見た目よりずっと重かった。
「何だこれ」