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エクリ・チュールは止まらない  作者: 金子ふみよ
第一章
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エクリ・チュールは司書官長に頼み込む

 書庫に片づけて、エクリは講義に、担当官と司書官は勤務に戻った。

 その日の放課後だった。エクリの姿が司書室にあった。とはいえ、またしてもあの書物がどうのこうのというわけではなかった。なかったからこそ、むしろ司書官は、

「本気で言っている、ようですね。エクリさん」

 ズボンからハンカチを取り出して額の汗をぬぐった。

「はい! 確かめたいんです」

 朝の一件以降考えて考えて、思い至ったのは、

「取り出した栞があの本に戻るか、確かめます!」

 学生らしい探究心だった。また良い顔で笑むものだから、かえって司書官も邪険にはできない。魔法云々はさておき、あの本に関しては記録上の瑕疵はないのだが、現象自体に筋が付けられたわけではなかった。

「確かめると言っても」

「はい! 泊まり込みます。そして観察します。現象の解明の基本の一歩です!」

 すでに気分も態度もノリノリの学生に、ためいらいつつ司書官は担当教官に連絡をとり、結果渋々了承となった。図書館や書庫は司書官が管轄する、大学構内といえでも、いわば治外法権的な地位でもあると言えなくもない。その長が承認したことを大学側が否とは言えない。しかも、担当教官が認め、学生が自主的に申請した事象解明への取り組みである。防犯の手続きを念入りにしておく以外に促せることはなかった。

 エクリの方は、司書官や担当官の懸念とは裏腹に、上機嫌で購買部で夕食や夜食、飲み物類を購入、イツヅ担当教官の研究室から毛布を借りてきて、まるでキャンプのようである、室内ではあるが。家庭にも当然連絡を入れておいた。担当官の目の前で。そうしないとイツヅ担当官が叱責のオーラをぶつけてきそうだったからである。

 泊まり込むのは司書室だった。

 使っていない机の上に書庫から持ってきたあの本を置き、五メートルほど距離を設けて栞を窓際に置いた。本当に栞は本に戻るのか、その検証である。エクリの高揚感は語りえる範囲を超えていた。外泊できるワクワク感ではなく。

 購買で買った海鮮ピラフと野菜のスープの簡単な夕食後、数時間エクリは席を借りて聴講レポートや研究発表会のテーマ案の作成に取り組んだ。ただそこはエクリである。レポートの見込みが立ち、案の企画が浮かばないと断定すると、記号器で遊びだした。恋愛ものの映画を見たり、ハロルややはり同じ研究室に名を連ねるフィアンやフィエと記号器間の音声交話で時間をつぶしたりした。

 とはいえ、暇つぶしが長時間続くことはない。ハロルやフィアン、フィエは入浴そして入眠すると言い、時計を見ればいよいよ日をまたぐまでになっていた。すっかり失念していたが、現状を確認する。本と栞は依然として設置状態を保っていた。室内灯を消し、けれども机上の灯りは点けておいた。あくびをしながら毛布をすっぽりと体にかけ、記号器を机上に立てる。静かな語り口のラジオを起動させた。もう一度あくびをした。涙が重い瞼の瞬きで押し流される。

「まだまだー」

 なんの気合かは知れないが、眠気を払わなければならない。かといって、今更記号器で映像を見たところで目が痛むだけである。本を読もうにも目がシパシパしている。目を刺激せずに眠気が晴れる行為。なかなか見つからないのか、

「どうしよっかなー」

 時間帯的にナチュラルハイになってしまっているが、自覚はないようだ。

 ――あ、そうだ。あの手記……

 そもそもあの書物に何が他に記載されているのか、今更ながら興味が湧いて来た。湧いて来たのだが、好奇心は生理欲求には及ばない。想起からエクリ・チュールの意識は翌朝までない。


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