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エクリ・チュールは止まらない  作者: 金子ふみよ
第三章
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エクリ・チュールの採否判定②

 ラングゥ、ハロル、フィアン、フィエがそろって入室した。みんな神妙な顔をしていた。エクリと目を合わそうともしていなかった。

「エクリ。大丈夫だよ。私たちずっと友達だから」

「そうだよ。えっと。エクリがド……じゃなくて、そう一生懸命にやったってことは私たち知ってるからね」

「きっと無駄じゃなかったよ。ちゃんと僕らみんなで渡航したんだ。その事実は変わらないから」

 ハロル、フィエ、フィアンはそれこそ熱心畳み掛けてきた。聞こえは完全に励ます勢いだった。

「エクリ。俺は何度となく言ってきたじゃないか。それもこれも君の将来を案じていたからであり、……」

「みんな何を言ってるの?」

 ラングゥは話が長くなりそうだ。エクリは素っ頓狂に首をかしげた。

「だってねえ」

「うん」

「私を見ないで」

 ハロルが言葉を濁し、フィアンが双子に視線を移し、フィエが身を背けた。微妙な間合いが生まれるが、

「違う違う。君たち。エクリは入庁が決まったんだ」

 このメンバーを呼び出した指導教官は、呼び出しの趣旨が異なっているので訂正しなければならない。それを聞いて、一同はただ無言で顔を見合わせ、合図をしたわけでもないのに、エクリを一斉に指さし、それからおそらくは情報文化庁が所在している方向にこれまた一斉に指をさし、もう一度顔を見合わせてから絶叫した。

「担当官、それならそうと言ってくださいよ。もう残念会のための居酒屋予約しちゃったじゃん」

「それよりもだ。これは何の予兆なんだ。いや、何の結果なんだ。そうだ。演舞のセリフで呪いがどうのって言ってたことがあったよね。それが今頃効果を発揮したのかな。だとしたら……」

「いえ、フィアン。落ち着いて。エクリが言った呪いはエクリ自身に効果を発揮したわけじゃないわ。情報文化庁そのものへ、だったのよ」

「あのさあ、めでたいから怒らないけど、さすがにひどいよ」

 ハロル、フィアン、フィエの興奮を抑えることはできそうにない。嘆くエクリの肩に乗せる手があった。

「エクリ。俺は信じていたよ」

 ラングゥが今にも涙を流さんばかりに目を閉じていた。もうこらえられなくなったエクリは、

「もう! うっさい!」

 近くにあった雑誌でラングゥの頭部を強打した。

「これで皆の就職先が決まった。ラングゥは大学の講師に、ハロルは州立劇団に、フィアンとフィエは学芸員に、そして今しがた述べたがエクリは、なんと情報文化庁へと決まった。君たち本当におめでとう!」

 歓声と拍手が部屋を満たした。

「よし! 残念会はなしだ。祝賀会だ。居酒屋へ乗り込むぜ」

「おー」

「わーい、今までで一番おいしいお酒が飲めそう」

「俺はそんなに飲まんからな」

 ハロルを先頭にフィアン、フィエ、ラングゥとついて研究室を出たが、出たところで別の教授に注意されたようで、声のトーンが急速に落ちてしまった。慌てたのはイツヅ担当官である。駆けだす勢いで部屋を出て、その階の教授らの部屋一室一室頭を下げた。

 戻ってくると、腕組みをして神妙になっていた。

「どうしたんですか?」

「いや、エクリ、君はある意味すごいかもしれない」

「はい?」

「エクリ・チュールの入庁が決まったので、研究生が騒いでしまって申し訳ないと言ったら、すべての教員各位が『それならば仕方ない』と不機嫌の矛を収めた」

「それは私に言われても」

 そんな権威などどこにもないと自覚しているので、本当に困り顔になる。

「そうだな。あ、今日の祝賀会。私も出るからな」

「はい。いっぱい飲みましょうね」

 イツヅ担当官と緊張感なしに、気を楽にして話せるのは随分久しぶりな感じがした。さすがのエクリでも研究主題の件だけでもそのつもりがなくてもプレッシャーを感じていただろうし。

「酒で私に勝とうなんて思うなよ」

「そんな恐ろしいこと思うはずないじゃないですか。それより担当官、感想文はどうすればいいですか?」

「あ、忘れてた」

「えー」

 もうほとんど、そう八割くらい書いてしまっていた。残り二割は全くの後付けなのだが、それというのも、感想文の内容に研究の件を書いていないことに気付いたのだ。その件を思い出したかのようにでも書いておかなければならないから、分量と締め切りを確認しようとしたのだ。それなのに、言い出した本人が失念していたというのは、学生としては肩の荷が重くなったのか軽くなったのか知れない。


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