エクリ・チュールは発表する①
エクリの発表はもう間もなくだ。さきほど廊下でその時間を待っていると、マーマルーヤ氏に声を掛けられた。
「この部屋では不服という顔ではないか? 大人数の前で発表したかったというわけか、エクリ・チュール」
まったくのご挨拶である。それでもエクリは慣れ始めていた。というより、見切りをつけたと言った方がいいだろうか。イツヅ担当官から少し人となりを聞いたせいで、いやおかげか、そう思うことが出来たのである。
「いえ、そんなことはありません。むしろ私の望みどおりになったので、驚いていたところです」
「ご希望通りならとちるようなことはないというわけだな」
「そう、ということではなくてですね」
――やはり苦手かもしれない
エクリは取り繕うことしかできなかった。けれど、就職先にこれ以上の言質を取る役人はいないだろう、とはイツヅ担当官も言っていた。となれば、これに慣れておくことは、この先のストレスへの耐性づくり、いわばワクチンと思えば気も楽だ。
「始める前から言い逃れは考えていなくて結構だ」
言って教室に入って行った。エクリの主張は何であれ聞き入れないとでも言わんばかりだった。やはり、強烈なワクチンだったらしい。おかげで抵抗力がつく、後々だろうが。
教室の中を廊下側の小窓から覗いだ。十数名の聴衆はイツヅ指導担当教官や他の教員、情報文化庁の役人、そしてホンマ氏・シブヤ氏もいたが、その他の一般人や学生はいなかった。各机に配布しておいてあるレジュメを手に持つ人、ペラペラと容姿をめくる人、じっと教団を見つめる人。各自各様であった。
教壇にイツヅ担当官が立った。いつになく正装である。時候と感謝の言葉を述べ、ドアを開けた。
「エクリ・チュール。はじめてください」
静かな拍手に包まれてエクリは入室し、一礼をした。それから発表を始めた。