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エクリ・チュールは見つめる
河川敷から歩いて五分もかからない立地の大学は、秋が深まると風の強さが荒々しい。遮蔽物もないから山脈から吹きおろし川面を撫でる風は氷の津波のようである。
エクリは波打つ髪を押えながら、河口の発着船場を見つめた。そろそろ薄手のコートは限界だ。これからの季節、その強風が暴風になり、フード付きのコートでないと身が凍える。それにフェリーは出航もままならない日が多くなる。しかしそれは、思い出してそう言えば程度の記憶だった。コート違い実感がこれまでなかった。この初秋まで海の向こうが気になることなんてなかった。もうすでに体感した空気。シンシ州との差異はいたるところにあった。単色に、別の色が加わって、元の色の部分と加わった色の部分そして二つが混じり合いまた異なり出来あがった色。元の単色に意識があったら、この色の変化、重層をどのように感じるだろうか。エクリには戸惑いだった。
「いやいや早くしないと」
とはいえ、彼女には感傷に浸っていられない事情があった。研究室に行かなければならなかったからである。