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エクリ・チュールは止まらない  作者: 金子ふみよ
第一章
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エクリ・チュールは呼び出される

 それはエクリ・チュールが休日を挟んで登校した朝だった。玄関広間へ入るとすぐに記号器が鳴った。イツヅ指導担当教官からの一封だった。ペンを画面に触れると、本物の手紙のように開かれ、伝言が書かれてあった。

「はい?」

 汗は出ないものの背中が急に熱く感じた。文末には至急とあった。

「私、何したかな?」

 早足で向かうしかなかった。司書室へ。


 司書室にはイツヅ指導担当教官とエクリが報告をした男性司書官がいた。

 イツヅ担当教官が眼光鈍く睨んで、というわけではなく限りなく困惑しているという表情を浮かべていた。司書官は机上の備品を持ち上げては動かし、また下す行動を繰り返していた。

「えっと……」

 まだ用件を告げられていないエクリは、どうしたらいいのか迷ったが、司書官が動かしているものをよく見れば、エクリ自身が書庫整理の終了時に司書官に渡した、いくつかの備品である。それを認めてなおさら自分が呼ばれた理由に見当がつかなくなった。

「やはり、ありませんね」

 司書官はイツヅ担当官を見てから、エクリに向いた。

「だそうだ、エクリ・チュール」

 頭を掻く担当官に、返答の仕様がない。

「君が回収した備品のうちで一つ紛失したようだと連絡があって、一応君にも来てもらったというわけだ」

「私が取ったって言うですか」

「疑いではなく確認だ。君の様子からしてもう十分だ。だから、なおさらどうしたもんかと」

 エクリが司書室へ書庫整理の報告をした後、司書官はエクリから預かった備品を引き出しにしまい、他の司書官たちとともに三十分もせずに退勤した。その後今朝まで入館記録に入室者の記録はなく、今朝一番に出勤したのは当の司書官であり、いの一番で行った作業として引き出しを開けてみた結果、一つが見当たらなかった。

「でも、それほど貴重な物があったとは思いませんでしたけど」

「確かに処分をすることになるのだが、一応記録は残しておかないといけないから、今日はそれから始めようとしていたんだよ」

「はあ。それでなくなったのはなんですか?」

「栞だよ」

 司書官の答えに、エクリの頭に浮かんだのは、情報が寡少な一冊の古めかしい冊子に挟まれていたあの栞だった。

「引き出しになくってってことは、室内の隅とかどっかに、そうネズミとかが咥えてとか」

「あったら、君を呼んでいないだろ」

 イツヅ担当官は、教え子の感の悪さにあきれている。入室者どころか、侵入者がいればそれこそ警備がご活躍する場面である。

「それなら書庫ですかね」

 あきれを通り越してあっけにとられる教え子の帰結だった。指導官としてはあぜんとしている場合ではない。

「いいか、エクリ・チュール。入館者がいないということは誰も移動させていないのだ。いないのに無いからおかしいと言っているのだ」

「だって室内にもないんですよね、誰も入ってないのに」

「いや、そうだが……」

 どうも思考の論理性がずれている。

「まあ、いいじゃないですか。一応見に行きましょう」

 司書官がなだめてくれるものだから、一同で第五書庫に向かうことになった。ことがことだけにエクリの第一時限目の講義出席については担当講師にイツヅ担当官から連絡を入れてくれた。

 書庫に入ると、やはりそこは埃が素粒子のように煌いていた。

「こっちです」

 エクリは先導をして、司書官に預けた物品がどこにあったかを順に説明した。司書官はそれらを持参しており、記号器を見直しながら、一つ一つを確認していた。

「で、ここに」

 例の手記を出した。ペラペラとめくって、

「あ、やっぱりあった」

 栞を取り出した。エクリは物を確かめられて柔らかい表情をして

「司書官、どうぞ」

 何事もなくそれを司書官に渡す。イツヅ担当官も司書官も絶句している。二十七の物品の元のありかを覚えている記憶力もしかりだが、

「エクリ・チュール。君は本当はこれが無くなっていると知っていたのか?」

 担当官は今度こそ疑いの色を濃くして、しかしそれは疑いというよりも戸惑いを帯びていた。

「いえ、なんとなくですが。あってよかったじゃないですか」

 嫌疑をかけられているというのに、教え子はどこ吹く風である。

「よくはない。整理した物が密閉した部屋から誰の接触もなく移動したのだぞ。君が真っ先に疑われてもおかしくはないのだ」

「でも私入館してないですよ。もしかしたら、私があの時持ってきたと思っていただけで実は元から戻してしまっていたのかもしれませんし」

 エクリはあくまであっけらかんとしていて、イツヅ担当官の方が渋い顔をしている。

「いや、それはないよ。数だけは数えていたんだ。あの日、エクリさんが持って来た時には二十七あった」

「二十七あったかもしれませんが、その二十七の中にこれがあったとは限らないじゃないですか」

 数しか確認してなかったということは、栞が他の物品と混合してあったのかもしれないが、エクリから司書官に渡された後に数えている時点でそれもない。もはや頓智比べの様相を帯びている。

「へえ、じゃあ不思議現象ということで」

 指を立てて、ウィンクさえもしかねない笑みでまとめようとするエクリに、もう頭を抱えるしかないイツヅ担当官。

「あのなあ、それで片付いたら私たちがここに来はしないんだぞ」

「では、他に考えられるのは、あ、そうだ! 魔法じゃないんですか?」

 まったく悪意なく可能性を思いついただけなのだが、

「エークーリ! 今は冗談を言う場合じゃない」

眼光を鋭くしたイツヅ担当官の一喝に、首をすくめた。

「イツヅ教官、今回は双方の確認不足による事実誤認ということでおさめませんか」

 司書官の提案に、異議なしの挙手を真っ先にするエクリと、こめかみに指先を押し当ててそれを見ていた指導担当教官も落としどころはそこ以外にはないと、納得するしかなかった。


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