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エクリ・チュールは止まらない  作者: 金子ふみよ
第三章
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エクリ・チュールは愚痴る

 公的な作業は進めなければならない。それが研究主題にもなってしまったのだから。しかし、やはりエクリは気になっていた。手記のことである。遅々とではあるが、報告書の作成の合間、短い時間でも独自に調べていた。休憩時間、食後のちょっとした飲茶のタイミング、入浴後の髪が乾くまでの時間。教授から参考文献も教えてもらったのだ。それも目を通しておく。手記がまったくの駄作という結果なのかもしれないが、気になってしまった以上は、その鍵のかかった箱を開けてみなければ気が済まない。その箱に宝が入っているのか、あるいは魑魅魍魎の封印だったのかは実際に開くまで分からない。分からないから、その好奇心という火が消えてしまうことはない。

 その日も記号器を使って検索していた。長時間の座位作業が続き、さすがに伸びをしないと肩やら腰やらが固まりそうな感じだった。昼食後の眠気はとっくに過ぎていたが、眠気の覚めるハーブティを淹れた。そのタイミングであれについて調べ始めたのだが、エクリが求めたような検索結果ではなかった。

「まあ、仕方ないか。あった場所が秘境みたいなところだし」

 書物がそもそもあった所在地と内容に関する情報検索は関係ないのだが、エクリには合点がいったらしい。おそらく他の学生にとってはまったく合点がいかないし、そもそもそんな検索はしないだろうが。

カップを置くとちょうど、

「よお、シケてるな、やっぱり」

 ラングゥが司書室に入って来た。どことなくすっきりした表情である。作業で根を詰め過ぎているはずなのに。

 成績上位者は有名人である。この日出勤していた数名の女性司書官はひそひそと、しかし確実にラングゥの来訪に黄色い悲鳴を上げている。

「どうしたの、モテ男」

「ずいぶんな挨拶だな。記号器に連絡したのに、音沙汰ないから来たんだ」

 言われて記号器を確認する。長時間の作業と、検索と検索結果の情報を読むのに夢中で受信に気付かなかったのだ。専用ペンを持って、慌てて開封するが、それを読む前に、

「エクリが手伝ってくれた資料で、記号器に残したものがあったろ、それを送信して欲しいと思って。探したんだぞ」

 要件を本人が言った。思わず舌打ちしそうになった。そういう時、エクリは自戒する。イツヅ担当官の影響の良し悪しを分別しなければならいと。よって、わざとらしく一つ咳払いをした。

そんなエクリの内的葛藤を知らないラングゥは、担当官室から図書館、そして司書室へと教員や学友に聞いてようやく辿り着いた、まさに校内探索を、まさに冒険譚のように語った。

「本当に歩数を稼がせてくれるな。俺は肥満でもないぞ」

「ごめん。ウォーキングでリフレッシュしたと思って。はい、今送ったから」

 申し訳なさそうに手を合わせてから、記号器の画面に専用のペンをなぞってご注文の資料は無事授受がされた。

「で、進捗状況は?」

「どっちの?」

 この辺の返答がいかにもエクリらしい。彼女にとって公的作業と私的作業は上皿天秤でちょうどいいバランスを取っているらしい。

「どっちって。公式の方に決まっているだろ」

 同学の長い付き合いとはいえ、あきれる場合にはやはりあきれるのである。

 聞き耳を立てているわけではなかったのだろうが、司書官は話しが弾み始めたのを察し、ラングゥに椅子を差し出すものの、丁重に断る彼にさらに色めき立てていた。ラングゥの周りではこのようなことが少なくないので、まったく見慣れたものでエクリは事もなく、

「ああ、そっちか。まあまあ。予定通りには進んでる。ただ文章表現で訂正されるだろうから、そっからが勝負かな」

 取り揃えてある机上の資料を、手を広げて見せつける。ラングゥは立ったままそれらを一瞥し、分業を押し付けた結果になったことを申し訳なさそうにしながらも、

「怒られること前提かよ。仕方ないけどな、エクリの文章なら」

 結局はエクリの研究主題が進むことになって安堵をしているようでもあった。

「イツヅ担当官が細かいんだよ」

 足を開いて椅子の座面に両手を置いて口をとがらせて、体を捩る。エクリがラングゥのモテ具合を知っているように、彼は彼女のそんな子供っぽい性格を知っている。よく言えば無邪気だ。確かにエクリの文章は魅了的なことは認めることが出来る。しかし、それはあくまで文芸ならばという前提が立つ。レポートはそれにそぐわない。公的な報告書・調査書ともなればなおさらである。だから、ラングゥはきちんと促さなければならないのだ。執筆した小説も評論も評価を得ている彼だからこそ、エクリを今回とちらせてはならないと考えていたのだ。そのためにできる限りの協力もしようと。

 ちなみに、エクリは実際の詩編の作成となると、遠足の作文のようになってしまったことだがある。これも、ラングゥやハロル、フィアン、フィエくらいしか知りようのないことだった。当然、イツヅ担当官も知っているのだが、イツヅ担当官は当初未知な数式に出くわして手も足も出ないような表情になっていた。


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