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エクリ・チュールは止まらない  作者: 金子ふみよ
第三章
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エクリ・チュールは研究主題に取り組みだす

 エクリの研究主題がようやく始まった。

 文芸といっても、民話や詩編だけではなく、伝承、伝説も含まれていた。イルカや貉、鶴が擬人化する話しや、僧が水脈を発見する話し、遠島を申し付けられたかつての貴族や皇族が島内でどのように過ごしていたのかといった話し、妖怪や鬼が登場する話しなどもあった。鬼を単に人の恐怖の対象としているわけではなく、踊りに登場もさせていた。そんな鬼が悪霊を払う戯曲や、がっつりハロルが足を突っ込んでいる舞台に関する記載などは、まさにハロル当人に聞くという手もある。

 手はあるのだが、場がなければ手の打ちようがない。扱うのがまだ未公表な文献なため、作業場所としては公的な場所――他の学生が頻繁に通過できるような場所――は避けなければならなかった。公表という結果はさておき、調査中という過程では衆目に晒さない方がいい。

というわけで、エクリが辿り着いたのは、

「そういうことなら仕方ないか。その前にイツヅ教官に確認を取らなければならない。いいかな?」

 髭を撫でてから担当官と連絡を取り、エクリの入室を認めてくれた。

「ありがとうございます、司書官長」

 司書室しかなかった。ここに行き着くまで、まず担当官室に入ったのだが、イツヅ担当官が論文作成中でご機嫌が浮き沈んでいるので、すぐに退出した。機嫌が良い時は作業が進むだろうが、悪い時に何が起こるのか、想像もしたくない。図書館の個室学習部屋を借りようとしたが、当然研究主題を全う中の学生たちであふれており、また利用時間も限られていた。

「司書官長、下手したらまた泊まりますけど、良いですか?」

 これ以上特定の学生だけが頻繁に勤務時間範囲外に至るまで利用するのは懸念されることだが、最初は管轄施設管理に関わる事案だったし、現在では官学の共同作業の成就がされるか否かの重要な場面でもある。よって、無碍にすることもできなかった。しかも空いている席がなければ、それを言い訳にもできるのだが、良いのか悪いのかきちんと空いている。

「くれぐれも気を付けてもらえるかい」

 それ以上司書官長には、言いようがなかった。言いように心配感が気球並みにパンパンに詰め込まれていたが。

「もちろんです!」

 エクリは司書官長の心情を一掃しようと、威勢のいい返答をするのだが、それでかえって司書官長は、ほとほととしてしまう。

 他の司書官にも一礼をしてから、席に座り、机上に記号器を置き起動させる。ノートや筆記用具も鞄から出した。

 情報文化庁からの注意事項をまとめた書類には、それほど細かい点まで記載というわけではなかった。文献考古学の授業で古書の取り扱い方や作業手順はすでに習っていたが、現物を扱うわけでもないし、初稿・推敲・完成まででも数か月は十分な期間でもあった。あえて言えば、参考文献を探したり、それらを用いての引用部分を拾い集めたりの方が、骨が折れるような予感がしていた。必要になれば、同行した情報文化庁の役人や、ラングゥに画像やら録音を提供してもらわなければならない。

 段取りとスケジュールを最初に決め、すぐにまとめられる部分と、時間がかかりそうな部分に分けて作業を始めた。この報告書は単なる学生の研究主題だけではない。情報文化庁が主管となっている以上、公的な記録として残る。自身の研修ともなれば、なおさら熱をいれなければならない。

 さっそく始めるのはいいが、頭をよぎるのは、

「あーまた表現で訂正されるかなあ」

 最大の問題点はエクリの表現力だ。なんといってもレポートが詩編になってしまう腕前である。本人は上出来だと思っても、評価がそうなってしまうのだ。それでも始める前からめげてもいられない。完成できない方が失態となる。執筆して、添削しもらって、修正して。エクリはマラソンが得意ではない。だからそれよりもずっとずっと、長い長いその道のりに、すでに肩が凝りそうになった。しかし、ためらってもいられず、担当の最初のページを記号器の画面上に写しだし、ノートに記載し始めた。

 二日経過して、エクリは湿布と軟膏と目薬を買いに薬局に行った。


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