エクリ・チュールとハロルとフィアン・シニとフィエ・シニ
「で、進んだの? 例のあれは」
大学のカフェで差し入れのサンドウィッチを頬張るエクリに、対面に座るハロルが紙パックのお茶に一口つけて聞いた。
「まあね。いや、一歩目二歩目かな」
「「どっち?」」
エクリを挟む形で座る双子は気が合うようで、寝不足のせいか答えにまるでなってない同学にツッコんだ。
「短歌って普通の詩と違う特徴がいくつもあってさ。百年かそこらまでかあったはずなのに資料が多くなくてさ」
フィアンとフィエを覗く。その視線をそらす二人。彼らとて短歌はかつて詩として書かれていたくらいのことしか知識はない。
「文法とか技法とか修辞法とか見てたら頭こんがらがるし、語彙も今と違ってるからそれ調べてると」
言いながら頭が落ちそうになる。
「それで徹夜ってわけ? 担当官もあきれてたよ」
担当官の単語に反応したのか、フィアンとフィエよりの大きな声に驚いたのか、背筋を伸ばすエクリ。
「記号器では調べられないの?」
「限界がある。だから、図書館にもなくて、書庫を探索したり、書庫の辞書を借りたり。それよりやっぱりこういう形式の文体に慣れてないってのが、一番の理由かな。読むだけで時間がかかるし」
さすがのエクリでも疲労感があるのだろうか。食べて、両手を上げて背を伸ばす。体の節々の骨が鳴りそうな勢いで。
「いや、てか、みんなが来てくれているのに、一人いないね。薄情な同学は」
「懸賞論文に四苦八苦してるってさ。様子を見に行ったら連絡欲しいとは言ってた」
「あの優秀者め、何様のつもりだ」
珍しくエクリが皮肉った。その辛辣さのせいか、ラングゥが同時刻くしゃみをしたのを、エクリは知らない。
「ところで、差し入れするために来たの?」
合掌をするエクリに、フィアンとフィエが顔を見合わせて、どっちが言い出すかのじゃんけんを始めた。ため息をついてチョキを眺めるフィアンが、
「そのことの方が主要なんだよ」
歯切れが悪い。エクリの方を見ようともしない。そのせいか見られているハロルの方がしかめ面になっている。
「えっと……」
言いにくそうなフィアンをフィエが声援まで送っている。
「イツヅ担当官の所に行って聞いて」
重責をまっとうしたばかりに深呼吸をするフィアンに、音のしない拍手をするフィエ。
「どういうこと、ハロル」
フィアンとフィエを問い詰めても気の優しい同学を責めるでしかない。ここは竹を割るほどの人物に回答を求める。呼び出される理由が見当たらないのだ。式典関連では失態はなかったし、書物の調査についてはすでに話してある。とはいえ、エクリが気付いていないだけで、エクリの周りに何事かが起こっていることも考えられる。ならば、直接的にエクリに何か言って来るのがイツヅ担当官なのだが。
「とっとと行って聞けばいいんだよ」
回答を避けているわけではなさそうだ。その様子からハロルもどういう案件なのかを知っているようだが、エクリに過失があり、問題が生じているような言い方ではない。ケタケタと快活なのだ。
「分かった。じゃあ、行って来る。差し入れありがとう」
それでも呼び出しに気が重そうな起立をしてカフェを出て行った。
「あんなにしょぼくれなくてもいいのに」
「ハロルにとってはいい話だろうけどさ」
「フィアン、あんたにとってもそうなんじゃないの? いい勉強になるって。それどころか、研究の主題の援護射撃になるじゃん」
「そうだけど」
エクリの見えなくなった背中を見る。
「まあ、エクリも驚くでしょうね」
同じように見送るフィエだった。