お嬢様と王子様 その4
今回はシリアルです。
大人ぶりたい生意気盛りな可愛い子供のふたりは、今日も元気に過ごしています。
とある農業大国にて元気で朗らかに育つ、今はまだ幼き王子とその婚約者たる令嬢。
将来美人になる事を簡単に夢想できる容姿のふたりだけど、今はまだ可愛らしさと生意気さが大爆発している時期。
そのふたりは今日も仲良く王宮の王家用食堂で…………食事はしておらず、王宮の庭園に置かれている四阿で向かい合わせに座っている。
今回も将来良き王族とその妻となるために、ちょっと変わった教育を受けていた。
内容は庭師を農民に、庭園の花壇を農地に見立て、花壇へ次に植えると良い花(つまり作物)やその最適な植え方を提案すること。
提案して、プロに検討してもらって精査して、ゴーサインのハンコを押す。
それを1日ではやれないだろうから、期間は1週間として、今日はその第1日目である。
庭師に案内されながら簡単に視察を済ませ、花壇の地図と花の資料を集めて検討をしていたのだ。
その様子を見守るのは食事運搬用のワゴンを操るメード頭の補佐メード達。
……え? 食事関係は給仕メードの仕事?
いいえ? 彼女達の職場であり領分は王族の使う食堂。
場所が違うのだから、居るわけないのですよ。
ご令嬢がふとした時に、お昼の食事を持って来ていたメード達に気付いた。
「あら、もうお昼なのですね。 休憩に致しましょうか、殿下」
「そうだね。 言われたら確かにお腹が空いてるし、食べようか」
中々に大人ぶった会話だが、このご令嬢と王子の実年齢は6歳。
大人の真似をしているただの子供にしか見えないふたりを見守るメード達の目尻が、思いっきり下がった。
「えっと…………これはなんですの?」
「なんだろうね?」
四阿のテーブルに資料等の代わりに置かれた食器は、大きめのボウル皿とスプーンと大きな水差しのみ。
そしてボウル皿には、ボロボロと溢したパイ生地のカケラっぽい物が、沢山入っていた。
「料理長が考案した、忙しい時でも手早くしっかり食べられる、トウモロコシが材料のご飯。 だそうです」
メードが言うには、トウモロコシを細かく潰してパン生地みたいにして、薄い板状にしたものを焦がさずに水分が飛ぶまで焼いて砕いたものらしい。
「へえ?」
「今の私達にぴったりですわね?」
控えていたメードの言葉で、ちょった興味をもったふたり。
早速、とスプーンでそのパイ生地みたいな物を掬おうと手をのばした所で、メードから待ったがかかる。
「この冷たい牛乳を直前にかけてから、召し上がると美味しいとか」
「面白い食べ方だね? 早くかけてよ」
「お願いしますわね」
牛乳入りの水差しを持つメードに、隠そうともしない期待の目を向ける愛くるしい子供達の様子は「それはもう堪らんかった」とその場に居た者達が、後に口を揃えて語っていた。
ザクザクと囓る音が響く四阿。
「ああ、この噛む食感がいいね」
「トウモロコシと牛乳って、中々に合いますわね」
まるで歴戦の料理判定員。
新しい料理を全力で味わってやろうと、真剣な顔つきになっている。
「このトウモロコシは焼いた甘さ以外にも、少し甘味を足してるね」
「ですわね。 それが満足感を出している要因かしら。 最後に甘さが溶け出した牛乳を飲み干す時が楽しみだわ」
なんて和やかに食事が進んでいた。
……はずだった。
「いや、満足感は足りないかな?」
「…………は?」
ピクンと反応した王子の言葉に、ご令嬢がカチンと来ている様だ。
「だってこれ、食事だよね? だったら甘さよりしょっぱさが欲しいと思うでしょ?」
さっきまでの大人ぶった様子はどこへやら。
急に言葉が崩れた王子。
「トウモロコシを焼けば甘く香ばしくなるのよ? だったらその甘さを大切にするのが正解じゃない」
釣られて言葉が荒くなるご令嬢。
「じゃあトウモロコシじゃなくて、小麦粉で似たものを作って入れれば文句はない?」
急に始まった子供のケンカに、昔を懐かしむメード達。
彼女達もこの農業国。 ひいてはその農産物をより魅力的な物にしようと、家族や友達と意見を思い切りぶつけ合った経験があるのだ。
「それじゃあただの、保存用に焼き固めたパンを砕いた物じゃない」
「あっ…………」
このままでは、甘くない方が良いかも派の王子が負けてしまう流れだ。
それを何とかしようと必死に王子は考えて、その末に一種の答えにたどり着き、目を輝かせる。
「そうだ! これにチーズやお肉なんかを入れて、煮てみれば甘くなくても美味しい物になるんじゃないか!?」
おお、ブラボー……ブラボーッ!!
それは確かに、絶対美味しいだろう!
この場にいる者はひとりを除き全員が同意した。
だが、そのご令嬢が的確にその案へツッコむ。
「それはトウモロコシを代わりに使った、チーズリゾットでしょう? もしくはミルク粥やパン粥みたいなもの」
『あっ…………』
王子だけじゃない。 控えているメード達も、思わず口に出していた一文字。
そうだよな。 なんでチーズリゾット等に思い至らなかったのだろう。
そんな思いで呆然としてしまう人達を置いて、ご令嬢の追撃が。
「お手軽な食事なんだから、物足りないなら手軽に足せば良いのよ。 例えば、ドライフルーツとか」
この何気ないワードは、王子の頭を駆け巡った。
「それっ!! それナイス!!! その案は追放することに決定っ!!」
なぜか両手の人差し指で、ご令嬢を指差す王子。
「えっ? は? あ、いえ。 人に向かって指を差すなんて、お行儀が悪いですわよ! そもそも国民へ広めたい食材や料理を“追放”と呼ぶのが、なぜ殿下の中で定着してしまっているのですか!?」
王子の奇行を受けて、なんだか正気に戻って大人ぶった口調に戻るご令嬢だった。
そんなふたりの姿を見守っていたはずのメード達は、ふたりのやり取りが終わるまでの間、なぜか皆俯いて肩を震わせていたと言う。
~~~~~~
「どうやら新しい料理の、改良案を出されたとか」
「耳が速いわね」
王宮にあるご令嬢の部屋へ帰って来た途端、ご令嬢の侍女から早速話しかけられた。
当の侍女は、いつものお嬢様が一服できる準備に移っている。
「それはもう。 件の料理長から、意見を欲しいとまで言われましたので」
「ああ、料理長から聞いた………………って、何よコレ」
侍女が持ってきたのは、例のお昼のアレ。
それと沢山の種類のドライフルーツ。
「どんな組み合わせと量が好みか、教えて欲しいとのことで」
「今こんなに食べたら、夕飯が食べられなくなるわよ」
料理長はどうやら、嬉しさと楽しみのあまり暴走しているらしい。
それを予想していたのか、侍女が代わりの提案をしてきた。
「でしたら、この新料理をもっと美味しく食べられる方法を探してみませんか?」
「…………面白そうね」
ここは農業大国。食の国。 そこで国の代表一族と婚約している者として、こう言った意欲はかなり高い様子。
なお、夕飯が食べられない心配はこの提案で吹っ飛んだ模様。
「でしたら、どんな工夫を致しましょうか」
「うーん……そうね。 今は良いけど、寒い日に温かい牛乳をかけて食べると、美味しいかも知れないわ」
「そうですね。 やってみましょうか」
いつも主にプライベートで意地悪する侍女の姿はなく、やはりこの侍女も食への関心が高いこの国の国民なんだなと思わせる姿があった。
「牛乳を温めて試したは良いものの…………」
「すぐにふやけてしまって、ザクザクトウモロコシの食感が無くなってしまい残念ですね」
「これはこれで別の意味で味があって、ミルク粥の代わりになりそうで良いのかも知れませんが…………」
「しっかり食べたと言う確かな満足感がどうしても得られず、残念な気持ちが強く出ますね」
「本当に残念だわ」
「残念ですねぇ?」
「…………ねえ、今の“残念”に悪意を感じたのだけど?」
「悪意なんて有りませんよ? ただ、もっと美味しくしたコレを食べさせたいと頑張ったと、殿下へみせられる成果をあげられなくて残念でしたねと思っただけですので」
「っ!! その黒い笑顔が、悪意そのものじゃないのっ!!!」
「ですから、悪意なんて持っていませんよ」
「だったらその笑顔は何だというのですか!!」
「なんでしょうねぇ?」
~~~~~~
これ シリアル じゃん!
ちがういみの シリアル じゃん!
蛇足
ご令嬢
案の定その日の夕飯はちょっとしか食べられず、心配されるオチが付きました。
そんな流れに誘導した侍女へ、何か仕返ししてやりたいなとムクれた。
王子
あの後チーズリゾットが食べたくなって、料理長へねだる。
そしてこっちも夕飯があまり食べられなくて、その原因を両親に知られて叱られた。
侍女
ふやけたシリアルでは食べた気になれなかったので、普通に夕飯を摂った。
大人の胃は子供の胃より大きいのだ。
ちなみにご令嬢の夕飯が食べられなくなったオチを確認して、イタズラが成功した悪い笑顔になっていたとか、いないとか。
なお普段より多く食べた分はカロリー等の言葉となって返ってくるのだが、そこは見ないものとする。
料理長
趣味の野菜茶は、今回休み。
王族用の食堂付きメード
1週間の間、ご令嬢と王子の愛らしいお昼タイムと言う癒しの時間がない可能性から、情緒が不安定になる。
今回四阿で給仕したメード達
1週間は癒しの時間を得られて幸せ一杯夢一杯。
だが期限がその1週間だけと言う短さから、情緒が不安定になる。
シリアル
レシピは国民へ開放され、保存用の壺なんかに入れておけばソコソコ長持ちするので、忙しい人の簡単な食事として定着する。
ドライフルーツ入りは高めのおやつか、気合いを入れたい“せっかち”さんの食べ物として好まれる様になった。
せっかちさんでなくとも、少しゆっくりめに食べると牛乳へ甘味がほんのり溶け出して、甘い牛乳を飲める密かな楽しみが人気に。
もちろんそのまま食べる以外にも、甘味のアクセントや揚げ物の衣などにも使われる応用レシピも発表され、便利に使われている。
貴族向けに豪華なシリアルとして使う原料が沢山考案されて、その一部が平民でも手が出せそうとかで広まり、貴族も平民もニッコリだとか。
他にも派生して、牛乳をかけずに片手でパパパっとザックリ食べられる、カロリーバーやシリアルバーも開発されて市場が広がったとか。
牛乳
以前もこのシリーズで書きましたが、特殊な加工をしない冷たい牛乳は乳脂肪分が水面に浮き出てきて、そのままでは飲みにくい問題が。
問題を解消するべく、飲む直前に魔法で脂肪分を砕いていますので、現代みたく飲めます。
あと殺菌に関しては、解毒や対象を綺麗にする魔法とかをかけるので、飲用に問題はありません。