ブローチ
泣き虫の男の子の流れ星への願いとは
1 いつものこと
「アキト、今日は大丈夫?」
お母さんがボクに聞いた。
なんでこんなことをボクに聞くのかというと、昨日もボクは幼稚園のバスに乗るのをいやがって泣いたからだ。
ボクは、お母さんの手をはなしてバスに乗ると急にさみしくなるんだ。でも、お母さんが悲しそうな顔をするから大丈夫、と言おうとする。
そうすると、声が出ない。
声が出ないからうなずくだけになる。
お母さんは、困った顔をしながら、
「ゆうか先生、よろしくお願いします」
と言うと、ゆうか先生にボクの手を渡した。
最後にゆうか先生がボクをバスに乗せると、バスはドアを閉めて出発した。
ボクはゆうか先生のとなりに座った。
しばらくすると、だんだんボクは悲しくなった。
泣かないようにしようとしたけど、やっぱりムリだ。
涙があふれてくる。
大きな泣き声がバスにひびきわたった。
おしゃべりに夢中になっていたみんながいっせいにボクの方に顔を向けた。
ボクはよけいにさみしくなって、その後は何も見えなくなるほど泣いた。
2 願い
ボクが泣かないように園長先生やゆうか先生、お母さんもいっしょに集まるとお話をした。でも、どうしたらいいかわからなかったとお母さんが言った。
どうしたら、バスでボクが悲しくなるのか泣いてしまうのか?ボクはたぶんさみしくてかなしくなる。でもうまく言えない。
帰り道、お母さんがボクの手を引いて、ゆっくり田んぼ道を歩いた。もうすっかり暗くなっていた。
じーっ
どこからか虫の音が聞こえた。
虫はかなしいのかな。
「アキト、お母さんが幼稚園まで送って行こうかな」
ボクの方を向いて言った。
ちょっと困ったような悲しいような顔をした。
そのお母さんの顔の向こうを星が流れた。
ボクは、つないでない方の手でそれを指差した。
「えっ何?」
お母さんは、振り返った。
夜空に目をこらした。
「流れ星ね。今年は多いってテレビで言ってたね。」
いくつかの星が流れた。
「願い事がかなうって、流れ星にお願いすると。」
「ふーん。」
とボクは言いながら、ボクはひとつお願いをした。
本当に星のきれいな夜だった。
3 幼稚園で
少しだけ変わったことがあった。
ボクは、やっぱりバスで泣いちゃうんだけど、あまり大きな声で泣かなくなった。すると、バスから降りるたとき、一人の女の子がボクの手を取った。
「ねえ、行こう」
「うん」
ボクは、その黄色いヒヨコのブローチの女の子に「うん」と言えた。
「アキトくん、私、ひよりって言うの。よろしくね。」
「うん。ヒヨコ?」
「ちがうよ、ひ・よ・り、だってば。」
「ひ・よ・り?」
「そう、言えたね。」
ボクには、黄色いヒヨコのブローチがとても似合っているように見えて、ヒヨコと言ってしまった。
ひよりちゃんは、ボクを園庭に連れて行った。
「アキトくん、私、アキトくんとおママごとしたいんだけど、アキトくんはいやだろうから、サッカーボールで遊ぼう。」
「うん」
そういうと四角い園庭の端にあったサッカーボールを抱えて戻ってきた。
「はい、アキトくんけってみて。」
ボクは、ひよりちゃんがけりやすいようなボールをひよりちゃんにけった。
ひよりちゃんもうまくけってくる。
ボクは、うれしくて楽しかった。
「アキトくん、ボールを高くけってみて。」
「うん」
ボクは、ボールを手ではずませると、力を入れてけった。
ボールは、高く上がり、幼稚園の屋根の高さまで上がった。
「すごい、アキトくん。なんでそんなに上がるの?」
ボクはうれしくて何度も何度もボールを高くけった。
ボクは、お父さんの休みの日にいつも公園でサッカーボールをけっていた。
お父さんは、サッカーが好きだった。
ボクがサッカーボールをうまくけるとお父さんはほめてくれた。
とてもうれしかった。
園庭であそぶ時間になると、ひよりちゃんはボクとサッカーボールで遊ぶようになった。
ボクはうれしくてたまらなかった。
ゆうか先生もニコニコそれをながめていた。
そんな遊びをやっていると、ほかの男の子たちがボクたちのまわりに集まった。
ボールを高くけるあそびがはやり、ボクより高くけることができるお友だちはいなかった。
「すごいな、アキト。」
みんながボクをほめてくれた。
ボクは、ますますうれしくなった。
ひよりちゃんもうれしそうな笑顔になっていた。
ボクは、いつしか、園庭の中であそぶ男の子たちのなかにはいることができた。
毎日楽しかった。
そうすると、少しずつ、ボクはみんなと話すことができるようになっていった。
ひよりちゃん、ありがとう。
ひよりちゃんは、女の子たちとおママごとに夢中になり、ボクとあそぶことが少なくなった。
ボクは少しさみしいと思うこともあった。
でも、黄色いヒヨコのブローチを見つけては安心した。
4 サッカー少年
あんなに泣き虫だったボクだけど、ひよりちゃんとサッカーボールをきっかけにサッカーに夢中になっていった。
小学校5年生になると、サッカー少年団のなかで地域の代表選手に選ばれた。
来る日も来る日もサッカーの練習を終えて帰るのは、夜になった。
泣き虫がこんなふうになれたのは、あの流れ星に願いをかけたからだて時々思い出した。
「お友だちがほしいの。」
その時、そう心の中でつぶやいた。
空には春の流星群。
きれいな流星群。
今、冬休みの空にも久々の流星群。
ボクは、願いをかけた。
吐く息が白かった。
5 またサッカーしよう
早いもので、今日から6年生になった。
ボクは、さらにサッカーに熱が入っていた。
始業式を終え、新しいクラスに替わり、初めての先生だ。
席に座って待っていると先生がやってきた。
一人の女の子を連れて。
「みんな6年生になった。今日から、しっかり下級生のお手本となってほしい。それから、新しい仲間だ。」
みんな一斉に女の子の方を見る。
「佐倉ひよりです。よろしくお願いします。」
思わずボクは立ち上がった。
ヒヨコのブローチは、ピンクリボンのブローチに変わっていたけど、優しい笑顔は、あのひよりちゃんに間違いない。
「ひよりちゃん、オレだ。アキト。覚えてる? また、一緒にサッカーボールけろう」
机がひっくり返り、ボクは焦った。
みんな笑った。
びっくりした顔のひよりちゃんがボクの方を向いた。「アキトくん?ホント?」
ひよりちゃんは、覚えていてくれたんだ。
また、新たな友だちができた。
友だち2回目だけれど。
今度はボクから。
また、願いがかなった。
冬の夜空の流星群。
「ひよりちゃんに会いたい。」
そう願ったのだ。
ありがとう、流れ星さんたち。