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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
漆幕◆忘れじの子守歌
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穿つ獣の爪

 棘に貫かれた腹部を抑えて蹲るヴァンの元に、クィンたちが駆けつけた。

 真昼の大路は人が多く行き交っており、誰もが遠巻きにヴァンを見つめている。


「ヴァン! しっかりして!」

「シエル、まずは彼を馬車に運びましょう。ルゥ、頼めますか?」

「わかった」


 ヴァンを背に担ぐと、大路沿いにいた中年男性が駆け寄ってきた。その後ろを、奥方らしき中年女性も追って走って来ている。息を切らせながらルゥを見上げ、一つ咳き込んでから口を開く。


「あっ……アンタら、馬車よりベッドに寝かせたほうがいい! うちに来なさい!」

「いいのか?」

「いいもなにも、怪我人を馬車に転がすわけにはいかないだろう。ほら、こっちだ」


 立ち去り際、クィンは何気なくミアがいた場所を振り返った。すると其処には小さな花が一輪、静かに横たわっていた。


「ミア様……っ」


 花を拾い上げ、クィンも急いでルゥたちのあとを追う。

 案内されて向かった先は、決して立派な作りではないが素朴な外観と内装がとても温かな印象を与える、優しい雰囲気の宿だった。部屋も二人部屋が二つあるだけで、夫婦で経営している食堂に最近宿泊機能をつけたばかりであるらしい。

 通された寝室も、大柄な種族や鍛え上げられたアンフィテアトラの闘士などは、うっかり入口で詰まりそうなこぢんまりとしたものだった。ヴァンを寝かせれば、ベッドの大きさはどうにか足がはみ出ないギリギリの大きさで、そこはかとなく子供部屋を思わせる作りをしている。


「狭いところですみませんね。手当に必要なものがあったら遠慮なく言ってください」

「ありがとうございます。お世話になります」


 宿屋の夫婦は心配そうな視線をヴァンに向けてから、扉前で会釈をして出て行った。

 ヴァンの傷は腹部を貫通しており、服だけでなくシーツをもじわりと赤く染めている。シエルは竪琴を構え、回復魔法の一節を唱えた。


「……何だか変な感じがするね。手応えがないっていうか、別のなにかに吸われる感覚がするよ」

「傷が塞がらないのですか……?」


 悲痛そうな、悔しさを帯びた表情で、シエルが頷く。

 確かにヴァンの傷口は先ほどと僅かも変わっていないように見え、表情も相変わらず苦しげだ。額の脂汗を拭いながら、クィンもシエルも焦燥感に駆られていた。

 特にクィンは、いますぐにでもミアを探しに行きたい気持ちを抑えるので必死だった。いま街を飛び出したところで、行く当てがあるはずもない。闇雲に駆け回ったところでどうにもならない。手がかりはヴァンが崩れる間際に見えた、悍ましい黒い棘だけ。

 間違いなく魔骸が、災厄の魔石が絡んでいるとわかっているのに、それ以上の情報がない。


「…………シエル。もっと強い回復魔法、持ってる?」


 ふと、それまでベッドサイドにしゃがんでヴァンの傷口をじっと見つめていたルゥが、シエルを見上げて問うた。いつもは人懐っこい光を帯びているルゥの瞳は、闘士として戦っていたときより遙かに鋭い野生の色を宿している。


「あるけど、どうして……?」

「ヴァンのけが、悪くしてるの、見つけた。取るの、少し大変、だから……」


 説明しているあいだも、ルゥはいまにも飛びかかりそうな覇気を纏っている。獣の唸り声が喉の奥から漏れており、その敵意はヴァンの傷口の更に奥へと向けられているようだった。


「うん……わかった。すぐかけられるようにしているから、頼んだよ、ルゥ」

「すぐ終わる。絶対逃がさない。今度は、絶対に……!!」


 ――――咆哮。


「ぎッ……!?」


 瞬間、ルゥの左手がヴァンの腹部にねじ込まれた。

 それはあまりにも乱暴で、荒療治と呼ぶことすら躊躇われる、ともすればトドメを刺したようにすら見える行動だった。

 ヴァンは零れそうなほど目を見開き、仇を見るような目で腹の傷を睨むルゥを見て、一瞬で我が身になにが起きたかを理解した。叫びそうになる喉をぐっと引き絞って、歯を食い縛る。ギリリとシーツを握り締める手に、爪が食い込む。

 耐えて、耐えて、必死に耐えているうちに、ヴァンの瞳が鋭い虹彩に変化していく。


「獲った!!」

「が、ァ……ッ!」


 ヴァンの体内で蠢いていたなにかが大量の血と共に引きずり出された直後、シエルが旧く純粋な魔法生物にのみ許されている高位の回復魔法を唱えた。

 その傍らでは、ルゥがヴァンの傷口から引きずり出した黒い粘性の物体を引き千切っている。


「傷が……塞がったようだよ……」


 へにゃりとその場にへたり込みながら、シエルが深く長い溜息を吐く。

 その声は安堵と疲労に塗れており、クィンはシエルを気遣いつつヴァンの様子を見た。確かに、傷はすっかり塞がっている。青白かった顔色も戻っており、少し休めば動けるようになるだろう。

 問題は、ルゥだ。彼はヴァンの傷になにを見て、なにを引きずり出したのか。


「ルゥ……」

「兄弟と、同じにおい、した」


 低く掠れた声でそう零すと、ルゥはくしゃりと顔を歪めてヴァンに縋り付いた。


「ヴァン、死んじゃう、と、おもって……おれ……」


 ぐすぐすと幼子の如く啜り泣きながら懸命に言葉を紡ぐルゥの頭に、力なくヴァンの手のひらが乗せられた。だが腕を上げただけで力尽きた様子で、その手はすぐシーツに沈んでしまう。

 うっすらと開かれた目が天井を彷徨い、やがてクィンを捕らえた。


「ヴァン、無理しないでください。あれだけ出血していたのですから」


 声を出す気力もないのか、ヴァンは一つ頷くと再び目を閉じた。だが意識はあるようで、小さく呻いたり溜息を吐いたりしている。


「そういえば執事くん、此処へ来る前になにか拾っていなかったかい?」

「……ええ」


 クィンの手の中には、未だ瑞々しい純白の花がある。

 キルファリムの花。楽園にのみ咲くと言われる、高純度の魔素を持つ花だ。ミアの花冠や花翼に最も多く咲いているものでもあり、独特の甘い香りを放つことでも知られるが、いまは地上でこの花が咲いている場所は妖精郷とエルフの郷の奥地のみであるとも言われている。


「ミア様からの、私たちへの言伝……花言葉でしょう」

「花言葉……って、確か神代種族が手紙の代わりに交わしあったっていう……?」

「ええ。ミア様も神代種族ですから」


 稚く天真爛漫な姿を思えばとても古代より生きている種族とは思えないが、ミアの中にも過日の記憶が刻まれていてもおかしくはないのだ。


 影に飲み込まれる直前、ミアは自らの花冠から一輪摘み取って放り投げた。

 必ず、クィンに届くと信じて。


「キルファリムの花言葉は、慰霊、哀しい便り。そして――――」


 ――――あなたを信じて待つ。


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