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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
漆幕◆忘れじの子守歌
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影にとける

 ルゥが、助けた店主たちの溢れんばかりの感謝に塗れている頃。


 一方で、ミアはヴァンと共に街で噂を集めていた。

 冒険者のあいだで話が広まるのは早いもので、ローベリアの崩壊が既に人々の口に乗っていた。酒場では「ローベリアの発掘に参加すると言っていたパーティを最近見ないと思えばそんなことになっていたのか」と、知人に思いを馳せている者もいる。

 参加しようと思った者も酒場におり、聞けばローベリアだからという理由でやめたのだという。それは、ある意味では正しい選択だった。腰抜けと言われようと、己の危険感知に従うことは旅をする上で必要なことだ。見栄のために命を落とせば、腰抜けどころか間抜けと嗤われかねない。

 遺跡地下での阿鼻叫喚を思えば、名を上げる目的で挑む場所でなかったことも明白である。

 ローベリア関連以外の話では、最近子供の失踪が相次いでいることやラトレイアに行った話者の知人が何ヶ月も戻っていないことなどが聞けた。


「子供の失踪、ねえ。人さらいなんて珍しくもねえが……それとは違うのか」

「それが、十歳前後の女の子ばかりがいなくなるんだよ。人買いに人気なのもその頃の子だけど、此処まで大々的に攫いまくってたら足が着くってもんだろ」

「そりゃ、なあ」

「なのに、全く足取りが掴めないと来た。しかもいなくなった子は誰一人返ってこない上、何処の闇市でも見かけないらしい」


 相席した冒険者の女は、苦虫を噛み潰したような顔で深く息を吐いた。

 そしてミアに視線をやると、ふっと眉を下げて、努めて優しい顔を作って続ける。


「脅すつもりじゃないが、丁度アンタくらいの子だ。気をつけな」

「ええ。ありがとう、剣士のお姉さん」


 肉刺の痕や傷跡に塗れた、女性にしては大きめの手のひらでミアの頭を一つ撫でて、女冒険者は席を立った。ヴァンは話を聞かせてもらったお礼に一杯奢るつもりでいたのだが、立ち上がる際にテーブルについた手の下に酒代が隠されていたらしい。

 きっちり払って去って行く後ろ姿は、別の立ち飲み席にいた二人の女性と合流した。見た限り、プリーストの女性と魔術師の女性との、女三人パーティのようだ。

 ヴァンも飲み代を払って席を立ち、ミアと共に酒場を出る。さすがに昼間から飲んでいる住民は殆どおらず、店内にいたのは冒険者ばかりであった。大半のパーティに魔術師がいたのはさすがの魔導帝国で、とあるパーティにヴァンのパーティには純粋な魔術師がいないことを話したときには大袈裟なほど驚かれた上で笑われた。

 それもそのはずで、災厄の魔石を追っているというのに一人は守らなければいけない神代種族のフローラリア、一人はそんなフローラリアの妖精執事で、一人は吟遊詩人のエルフ。最近ようやく近接戦闘が可能な獣人の青年が加わったというのだから。

 豪快に笑いながら「いままで良く生きてたな」と言われるのもやむなしである。


「話を聞いてると、ラトレイアの件と子供の失踪は別件っぽいな」

「そうなの? どちらも人が帰ってこなくなってしまったお話だったけれど……」


 いったい何処でそう判断したのかわからずミアが問えば、ヴァンは「簡単な話だ」と、酒場での話を纏めてみせた。


「ラトレイアの話に、子供は出てこなかった。失踪者は冒険者ばっかだったろ」

「あ……言われてみればそうね」

「しかも子供が攫われるのは、ガラクタ都市付近ときた」

「ガラクタ都市?」


 おう、と頷いてから、ヴァンはマギアルタリアの北西にある小さな街、ガラクタ都市ソムニアについて説明した。


「十八歳未満の子供たちだけで形成されてる。住民全員が捨て子や戦災孤児、魔骸や魔獣で両親を失った子で、謂わば“大人に助けてもらえなかった子らの街”だな」


 あまりのことに目を見開き、息を飲むミアの頭を優しく撫で、何処か懐かしむような声音で街の成り立ちや有り様を伝えた。

 街というのは名ばかりで、其処はローベリアの錬金廃棄物処理場である。そしてソムニア最初の住民は、城塞都市国家アフティカが捨てた“王女”であることも有名な話だ。

 ソムニアの子供たちは、基本的に大人を信用していない。成人と思しき人影が近付けば警戒し、大人が街に踏み入れば攻撃する。廃棄物を組み合わせて作成した錬金武装を使用したその攻撃は、決して子供の戯れと侮れるものではないという。


「話を聞こうにも、あの街にゃ入れねえしなァ……」


 そう、ヴァンが溜息交じりに零したところで、ミアがふと足を止めた。


「どうした、嬢ちゃん?」

「いま、誰か呼ばなかったかしら……?」


 辺りを見回すも、それらしい人影は見当たらない。

 別行動をしているクィンたちも、恐らくまだ合流はしないだろう。

 気のせいだったかと歩き出しかけた、ミアの足が、縫い止められたかのように止まった。


「え……?」


 ほんの一歩。

 ヴァンが先に歩き出していて、ミアはそれが出来なかった。

 ほんの少しだけ前を行っていたヴァンが、小さな異変に気付いて振り返る。


「――――ッ!!」


 息を飲む。

 目を瞠る。

 手を――――伸ばしたつもりだった。


「ヴァン!」


 ミアが名を叫ぶのを、ヴァンは何処か遠くで聞いた。


「クィン、お願い、ヴァンを……!」


 ヴァンが膝から崩れるのを、ミアは滲む目で見つめていた。

 彼の体を貫く棘が引き抜かれ、足元に赤い水たまりが出来るのが見える。黒い棘を纏った荊は、ローベリアの街を覆っていたものによく似ている。あれは、魔骸の花が使う蔓だ。


 そんなものが、いったい何処から。

 過ぎった疑問は、すぐに解消された。

 悍ましい棘は、ミアの足元に落ちる影から伸びていた。

 正確にはミアの影に溶け込んでいた、魔骸の足元から。


【やっと、やっと見つけた。何処へ行っていたの? 探したのよ。ずっとずっと探していたのよ。さあ帰りましょう。おうちへ帰りましょう】


 魔骸は少女の姿をしていた。

 優しい面差しの、燃えるような赤い髪をした少女だ。


「ミア! ヴァン!」


 遠くから駆け寄ってくる、大好きな仲間たちの声が聞こえる。

 その中にクィンの姿を認めて、ミアは安堵したように微笑んだ。


「――――――――!」


 最後にミアは、何と言ったのだったか。

 ヴァンたちの目の前で、ミアは黒い影に飲み込まれるかのように沈んで消えた。


 真昼の、平和な街中でのことだった。

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