君の花形たる所以
「……結局、あの騒ぎは何だったんです? お礼だと言っていたようですが」
大量の荷物を仕分けて馬車に積み込みながらクィンが問うと、ルゥも「よくわからない……」と珍しく困惑した様子で事の経緯を話して聞かせた。
ルゥ曰く、乱暴で横暴な言いがかりをつける冒険者が店に居座っていたらしい。購入した商品が不良品だったと言って自ら握り潰した武具をチラつかせ、倍以上の値段がするものをお詫びの品という体で渡すよう迫っていたのだとか。其処へ店を訪れたルゥが「そういう嘘、良くない」と端的過ぎる物言いで注意した結果、迷惑クレーマーの矛先がルゥに向けられた。
「嘘だァ!? テメェ、なんの証拠があって人を嘘吐き呼ばわりしてやがる!」
「さっき、道の裏で潰してた。それに、不良品と思うなら、なんで買った? 取り引きは対等っておれでもわかるのに、わからないのはおかしい」
「この……ッ!!」
一瞬で血が沸き立ったかのように顔を真っ赤に染め、迷惑クレーマーは拳を震わせた。
この男はルゥよりだいぶ背が高く、横幅も大きい。その幅も無駄な肉や大仰な武具などではなく筋肉で出来ており、一目で力自慢のパワーファイターとわかる出で立ちだ。更に、飴細工のように無残な姿にされた金属製の武具を見れば、冒険者でも兵士でもない店主は平身低頭言いなりになる他なかった。いまもルゥが来なければ、店主は「お詫びにお好きな武具をお持ちください」と男に言っているところだった。
――――これまでも、そうだったように。
「畜生の分際で人間様にナメた口きいてんじゃねェ! 殺されてェのか!? あァ!?」
店の窓が震えんばかりの怒号を真っ向から浴びるも、ルゥは心底不思議そうな顔で相手をじっと見つめ返して首を傾げた。
「? 獣人と魔獣は違う。冒険者なのに、知らない?」
それはそれは不思議で仕方ないと言った顔で問われた男は、まさにブチキレるという言葉を体で表すかの如き有様で歯を食い縛り、震える拳を振り上げた。ごうと風が唸る音さえ聞こえそうな、凄まじい勢いだ。もしもあの拳を店主が受けたなら、命がないどころか原型すら残らないだろうと否応なしに理解させられる。
男もそれをわかっていた。少し脅せば、誰もが思い通りになった。同じ冒険者でも、体格の良い者を避けて通れば、世界は自分の天下のようだった。魔術師の街だろうが、結局は力だ。なにせ、此処では街中で攻撃魔術を使用することは原則禁じられているのだ。禁止でなかったとしても己の店で攻撃魔術をぶっ放す馬鹿はそうそういない。
だから、赦せなかった。
たかが小動物の分際で、自分の前に立ちはだかるこの矮小な獣が。どうしても赦せなかった。
「コイツ……ナメやがって……!! そんなに死にてェなら此処でぶっ殺してやる!!」
棘付きのナックルを装備した岩の如き拳が、ルゥに振り下ろされる。
固唾を呑んで見守っていた店主や、不運にも居合わせてしまった他の客が、思わず目を瞑った。店主に至っては、自分が殴られるわけでもないのに頭を抱えてカウンターの陰にしゃがんでいる。
だが、予測されていた衝撃も音も、一向に訪れない。
あのぶち切れ男が殴るのをやめたとは考えにくい。ならば、なにが起こったのか。
「お店で暴れるのは良くない」
怖々目を開けた店主や客たちが目にしたのは、片手で自身の頭ほどもある拳を受け止めるルゥの姿と、信じられないといった顔で固まるクレーマー男の姿。
「な……何…………ッ!?」
愕然としていた男の体が、ぐるんと反転した。
ずしんと重たい音がして、男の体が床に沈む。
いつの間にか、なにが起きたのか理解出来ないままに天井を仰いでおり、起き上がろうにも体に力が入らない。起き上がり方を体が忘れてしまったかのような感覚だ。
男が混乱している隙に、誰かが呼んだ帝国警護兵が店に雪崩れ込んできた。そして、あっという間に捕縛されて連れ去られていき、店に平和が戻ったのだった――――ということらしかった。
「でも、こう言っちゃなんだけど、こういうことって良くありそうなものじゃない? あんなにも感謝されるなんて、余程しつこかったのかな」
「うん。あの人、色んなお店で同じことしてた。力強いから、お店の人、なにも言えなかったって言ってた」
「ああ、なるほど。成功体験を得ちゃって調子に乗ってたんだ。それは被害額も大きそうだ」
「成功?」
首を傾げるルゥに、シエルは「一度上手くいったから何度も同じことをして、これからもずっとああやって脅され続けると思っていたんだよ。それを助けてくれたから感謝していたんだ」と説明した。今日初めて訪れた行きずりの迷惑客なら、冒険者を相手にしている店主たちもそれなりには慣れているはず。だが、顔を覚えるほど繰り返されたなら話は別だ。
「それなら、こんなにもらってしまって却って申し訳ないですね」
「そうだねえ。かといって突き返すのもだし、もしまた寄ることがあったら贔屓にしようか」
「ええ……そうですね。そうしましょう」
ルゥは店の人に狼藉を働いた者を止めただけだと思っているが、実際は少しだけ違った。
悪質クレーマーが警護兵に引き渡されていくのを見送ったあと。ルゥは武具屋の店主に無残にも潰された武具を差し出して言った。
「あの人、不良品言ってたけど、違う。使ってるの、凄くいい素材。それに、壊れててもわかる。継ぎ目がきれいで、丁寧。おれ、こんなにいい武具、見たことない」
闘技場では武具を使わず戦っていた上、あのオーナーが高級品など与えるわけもなく。冒険者として旅を始めてからも、特に武具を持たずに戦ってきた。抑も、獣人族自体が道具に頼らず生きて来た種族なので、自らの手足のみを使うほうが性に合っているというのもある。
しょんぼりしながら差し出された残骸を受け取った武具屋の店主は、感激してルゥの手を取り、それはそれは大声で「ありがとう! アンタは店の恩人だ!!」と叫んだ。
それを聞きつけた付近の店の店主たちがなんだなんだと店から出てきて、武具屋の店主から事の顛末を聞くや、感謝の大合唱が始まった。
「うちもずっと困っていたんだよ。作ったパンに魔物の爪が入ってただなんてとんでもないことを言われて、商品を根こそぎ奪われたりしてさあ」
「警護兵の方々も巡回はしてくれていたんだけど、ああいう輩は無駄に小賢しいから兵や他の強い冒険者が近くにいるあいだは影も見せないんだ」
「使いもしない魔装具を難癖つけて持っていったとも聞いたよ。武具もそうだけど、たぶん何処か別の街で売られてるんじゃないかって言われてたね」
「食堂でも似たようなことしたって話じゃないか。まったく、なんだってうちに居座ったんだか」
次々に湧き水が如く湧いて溢れる被害の数々に、ルゥは目を回しながらも一つ一つ聞いていた。冒険者を相手に商売するということは、多少なりとも危険を招き入れることでもある。とはいえ、理不尽な言いがかりを何度も何年も受け続けなければならないなどということは決してない。
ルゥは店主たちの言い分を聞いて、改めて決意した。
「おれも、冒険者だから。よそではちゃんといい子にする。皆がいいもの売ってくれるから、旅が出来るって、ちゃんとわかってる。ありがと」
拙い言葉に込められた、飾り気のない真っ直ぐな感謝を唐突に受けた店主たちは、口々に文句を言い合っていた口を、ピタリと止めた。
それから、怒濤のお土産ラッシュが始まったのだった。