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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
陸幕◆謳う機構人形
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回復の兆し

 翌日。后妃は民に向けて、事の顛末を説明した。

 異国より流れてきた商人が災厄の魔石を加工師の元へ持ち込んだこと。魔石を加工する際、石の魔力に当てられて狂気に陥ったこと。元々あった向上心が歪められて悪心となり、宰相を暗殺して成り代わったこと。そして宰相の立場を利用して大公を“利用しようとした”こと。

 全ては宰相を名乗っていた加工師がしたことであり、それも災厄の魔石の影響であって、加工師自身に国を転覆させる意図はなかったことが告げられた。

 最後に、事件を解決したのは偶然街を訪れた冒険者たちだということを伝え、彼らの助力なくば魔石の侵蝕により滅んでいたかも知れないことも、隠すことなく告げた。他国で起きている災厄の魔石に纏わる事件や被害を噂で聞いていた民は、それでも何処か他人事であったことを自覚した。あの魔石は気付かぬうちに忍び寄り、隣人を狂わせて周りを破壊する。膨大な魔力と引き換えに、抱いた願いを歪んだ形で叶えるのだ。


 そして、もう一つ。


「大公はいま、災厄の魔石が長く近くにあった影響で臥せっております。暫くはわたくしが皆様の前に出ることとなりましょう。何卒、お支えくださいましね」


 わあっと歓声が上がり、后妃様万歳の声が城へと響く。広場を埋め尽くす人々の表情は、いつか処刑を眺めていたときとは真逆の明るさで、アルマファブルが災厄の魔石の悲劇から立ち直ろうとしていることを表していた。


 民への挨拶を終えた后妃が謁見の間に戻ると、兵に連れられてミアたちが入ってきた。


「后妃さま、もうお仕事を始められて大丈夫なの?」

「ええ。心配には及びませんわ。我が国には、まだ希望があります。あれだけのことが起きたにも拘らず、民はわたくしたちを信じてついてきてくれているのですもの。わたくしだけが休んでいるわけには参りませんわ」


 嫋やかながらも力強く頼もしい、大公の代わりに立つに相応しい覚悟と決意を感じさせる声で、后妃は言う。

 その姿を見た一行は、改めてこの国を訪れた理由を后妃に伝えた。彼の国で起きたことや、既に起こっていた悲劇。侵蝕されていたことが他国に漏れていなかったのは、ローベリア自身が情報を閉ざしていたゆえであるということも。


「ローベリアが……そうですか……」


 静かに、ただ一言それだけ言うと、后妃は悲痛に眉を寄せた。

 ローベリアとは長く争ってきた。武器を持ち血を流し合うことこそなかったが、外交という名の戦場で幾度となく言葉の刃を交えてきた。アルマファブルの願いはただ一つ。信じる神の眠る地を返してほしい。それだけのことだったのだが。

 ローベリアは機構神の眠る地をパワースポットと呼び、錬金術の実験場とした。彼らは元々この国の民であったが、錬金術という新しい技術を開発してからというものアルマファブルの機構術を古く錆び付いた技術と言い、やがて彼の遺跡を占拠する形でローベリアを興した。

 錬金術は確かに新しい技術だが、それも魔術と機構術という先駆の技術があってこそ存在しうるもの。ローベリアは先を見据えすぎたがゆえに、足元が崩れてしまったのだ。


「亡き民や王族は我々が丁重に葬りましょう。死者に罪はありません。ましてやなにも知らぬまま錬金術の糧となってしまった民に、何の咎がありましょうか」

「ありがとうございます。出来れば地下の子供たちも故郷に帰してあげたいのだけれど……」

「それも勿論手配致しますわ。其方に関しては既に調査隊を送っております。殆どがアティキアの子でしょう。どういうわけか、ローベリアは星降り山に執着していましたから」


 その言葉に、ミーチェの耳が僅かに反応した。

 星降り山はミーチェのクラスメイトであり友人でもあるアーティカの出身地だ。抑もミアたちが学園と関わることになったのは、アーティカの依頼がきっかけである。星降り山の麓にある小さな村、アティキア。星の魔石を唯一適切に扱うことが出来る村人たちの故郷。

 ローベリアが何故その村の子供たちに執着したのか、その理由は歪んでしまった王女の手記には記されていなかった。


「……わかりました。ローベリアとアティキアの関係については、わたくしたちが調査致します。皆様は、皆様の旅を続けてください。世界にはまだまだ災厄の魔石によってついた傷が残っていることでしょう。どうか、ご無事で」

「ええ。后妃さまもお姫様も、どうか壮健でいらして」


 最後にふわりとミアの小さな体を抱きしめ、后妃はやわらかく微笑んで一行を見送った。


「ふにゃー。すごかったにゃ。感動だにゃ。早く帰って皆にお話したいにゃあ」


 城を出たミアたちは、すっかり一行に馴染んだミーチェを振り返った。

 ミーチェは一晩城の客室に泊まったことや、戦闘の名残が消えて綺麗になった謁見の間の荘厳な作りに感激していた。元々、一時的とはいえこの街で育ったミーチェにとって、お城は近くて遠い憧れの地だったのだろう。

 ミーチェは先ほどから「ミーチェお姫様を抱っこしちゃったにゃ。すごい体験だにゃ」と大きな瞳をきらきらさせては、滅多にない体験を頻りに噛みしめている。


「そろそろミーチェは学園に帰るにゃ。お世話になったにゃ」

「待て待て。此処から走って帰るのかよ」

「? そうだにゃ。他に手段はないにゃ」


 ミーチェお財布持ってくるの忘れちゃったしにゃあ。

 暢気な声を漏らしてミアたちから離れようとするのを、ヴァンが手首を掴んで引き留める。散々世話になっておいて、用が済んだら「じゃ、がんばって帰って」というのはあまりにも不義理。

 しかし当のミーチェは、掴まれた手首とヴァンの顔を不思議そうな目で交互に見ている。


「私たちも北上するんだから、一緒に乗っていっていいんだよ?」

「にゃ? あの……もの凄い馬車にかにゃ? ミーチェ、庶民なのにいいのにゃ?」

「……そういや俺らの魔獣馬車、王族のパレード用みてえな馬車だったな」


 いまや慣れてしまって忘れかけていたが、アルマファブルの叡智と資金の結晶である魔獣馬車は王家御用達の花馬車が如き華やかさと、冒険に耐えうる実用性を兼ね備えたものだった。

 図々しいのではないかという思いと好奇心のあいだで揺れ動いてソワソワしているミーチェに、ミアたちは和やかな気持ちになった。


「気にしなくていいのよ。それに、もう少しだけでも一緒に旅が出来るならわたしもうれしいわ」

「ふにゃ……その言い方はずるいにゃ。断れないにゃあ」


 ミアに抱きつき、ふわふわの頬に自らの頬をすり寄せて。ミーチェは、ごろごろと喉を鳴らす。擽ったそうに微笑うミアの花翼から甘い花の香りが辺りに漂うと、ミーチェの尻尾もうれしそうに揺れた。


「じゃあ、決まりだな」

「先生たちも心配しているだろうし、早く送ってあげよう」


 言いながら、シエルが劇場から魔獣馬車を呼び出す。久しぶりに街へ出た魔獣は鼻をひくつかせながら辺りを見回した。ピリピリした空気がなくなっていることに気付いたらしく、一つ低い声で鳴くと、一番近くにいたルゥにすり寄った。


「そうにゃ。帰る前に、家に寄ってもいいかにゃ?」

「ええ、もちろんよ。職人街のほうだったわよね」


 ミーチェは頷くと、ミアの手を取り歩き出した。クィンとヴァンとシエルもそのあとに続くが、ルゥは馬車を引いている魔獣の手綱を手に、ミアたちから少し離れて一度足を止めた。


「おれ、馬車の準備してる。あっちで待ってる」

「わかったにゃー」

「ありがとう、ルゥ。行ってくるわ」


 ルゥと別れて、職人街への道を進む。街は元の賑わいを取り戻しつつあり、職人街との境にある酒場からは抑圧からの解放を喜ぶかのように歌声が響いていた。

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