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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
陸幕◆謳う機構人形
88/118

謳う機構人形

「姫様方を拉致監禁した咎人共で御座います。大公殿下、如何致しましょう」


 双子姫の悲痛な叫びにも構わず、宰相は一行の傍を離れて玉座に近付き、レリーフの男――この国の大公――に耳打ちした。拉致監禁とはいうが、一行がそうしなければ処刑されていたことなど忘れたかのような振る舞いに、ヴァンが苛立ちを露わに舌打ちをする。


【01010010101010010011000001010001001100000110011000110000010011110011000010001100】


 宰相の言葉に応えるかのように、大公の口から甲高い音が零れる。

 その音を聞いた瞬間、宰相はフードの奥で顔に笑みを張り付け、メリアデは大きく目を瞠った。メリアエと繋いでいる手が震え、僅かに力がこもる。


「ええ……では、そのように」


 顔も見えないというのに、滲み出る悪意が絡みつくかのような声で、宰相はじっとり嗤う。

 振り向き様、宰相は袖口から加工された魔石を取り出した。どす黒く一切の光を通さない闇色のそれは、明らかに通常市井にあるような魔石ではなかった。

 これまでの旅で嫌というほど見て来た、見たくもない色の魔石――――


「災厄の魔石だわ……!」


 ミアの焦ったような声とほぼ同時に、宰相はそれを大公の額に押し当てた。

 直後、魔石から黒い糸のような濃い魔素が漏れ、大公の顔に、玉座に絡みつき始めた。更にその魔素は傍にいた宰相をも取り込み、鈍色の金属質で覆っていく。


「な……! 何故だ!? 何故私まで! やめろ! やめろぉおおおおおおおお!!」


 想定外の事態に為す術なく、宰相は溺れた子のようにずぶずぶと体を床に沈めていった。最後に一瞬だけフードが外れて顔が覗いたものの、ミアたちには覚えのない人物だった。目をつけられる謂れも、思い当たる因縁もない。異様なほど痩せこけた獣人の男だ。


【01010010101010010011000001010001001100000110011000110000010011110011000010001100】

【01011010000110000011000010010010】

【10001010011010010011000010010010】


 大公の口から、周囲の機構部位から、甲高い音が鳴り響く。規則性があるようで、バラバラにも感じられ、混乱しているようで、何処か均整が取れている。様々な色をしていた壁や床の魔石が、じわりと黒く染まっていく。黒い糸の魔素がうねりながら部屋を覆い尽くしていく。

 暴力的な音の波が一行を貫き、特に五感が鋭い獣人ふたりを苛んだ。耳を押さえ、頭を抱えて、意識をすり潰さんばかりに喚く音から身を守ろうとする。


【1000100111100011011001010011111000110000100100101111111100000001】


 そして、耳鳴りにも似た鼓膜を劈くような鋭い音が、一陣の暴風を伴って突き抜けた。


「お……お父さま……」


 信じられない、信じたくないという思いを堪えきれずに、メリアエが震える声で呟く。その声で間違いなく双子姫の父、大公が魔骸と化したのだと確信してしまうが、ミアはいま一番苦しいのは自分ではないと、何とか己を奮い立たせた。

 闘技場でのときのように、泣いて足手纏いになるわけには行かない。深呼吸をして真っ直ぐ前を見据える。


「来るぞ!」


 ヴァンが叫ぶと、クィンとシエルが武器を構え、ルゥとミーチェも身構えた。

 最早カモフラージュの必要はなくなったため、シエルの弓は竪琴に戻っている。やわらかな風の音が、癇癪を起こしたような甲高い音の群れを和らげた。そのお陰で、ヒュメンより聞こえやすいせいでずっと頭痛がしていた獣人二人が、ふらつきながらも復帰した。


《Sess mia. yoa Sphilitie lisyera nachtie》


 シエルの竪琴の音色に合わせて、ミアが詩魔法を紡ぐ。

 普段ならば、一節紡いだだけでも魔骸は何らかの反応を見せるのだが、大公にその様子がない。甲高い音も、地の底から響くような拍動の音も、全く乱れる素振りもなかった。


「どういうことだ……?」

「詩魔法はたとえ魔骸でも、命あるもの全てに共鳴する詩のはずだよね」


 焦りが一行を包む。明確な攻撃はいまのところしてこないが、このままなにも起きないとは到底思えない。大仰な部屋の機構と一体化しただけで終わりであるはずもない。


 其処まで考えて、双子姫は一つの可能性に思い至った。

 顔を見合わせ、頷き合い、そうしてメリアデがミアの隣に立つ。


「メリアデ、歌いなさい。わたくしではなく、彼の誉れ高き歌姫にあなたの歌声を重ねるのです」

「はい、お姉さま。わたくしはきっと、このときのために作られたのですね」


 困惑するミアを優しい表情で見下ろし、メリアデは姉とそっくり同じ顔で微笑む。


「メイベルが最後に紡いだ詩を覚えていて?」

「え……ええ、覚えているわ。詩魔法の共通想音詩だったから……」

「それを共に歌って頂きたいのです。お父さまをお救いするために。機構には機構を、詩には詩を重ねるのですわ」

「わかったわ。なにか考えがあるのね」


 メリアデはしっかりミアに頷くと、真っ直ぐに背筋を伸ばし、大公を見つめて歌い始めた。


《――――Mia cheeza. Musa》

『01101011010011000011000001101011』


 その声は、大公や部屋中から響いてくる音と同じものだった。

 だが大公が叫ぶ甲高い音(ノイズ)のような攻撃性はなく、小鳥の歌声にも似た軽やかな音だ。


《Sphilitie Endiella twiss. Rasah musa》

『010011100001011001110101010011000011000001101011――――011010110101001100110000011100110011000001101110』


【0011000011100001、0011000011101010、████――――!】


 二人の歌声が重なって部屋に響いた瞬間、大公から発せられる音が乱れた。

 ミアの幼い歌声に、メリアデのヒトには出し得ない不思議な音が重なる。音の波は鈍色の部屋を突き破り、風になって街へと飛び出していく。更にミアの足元から花が咲き、風に乗って部屋を、街を、花の香りで染めていった。


《Wella Immie yoa Asttoria》

『01010001100011010011000001110011――――0101110111100001001100001000101001001111000110100011000001000110』


【0011000011100001████████0011000010100010――――】


 途切れ途切れに、掠れた音が大公だったものから漏れる。白い花に覆われた玉座は金属質の体をどろりと溶かし、いつしか鈍色の水たまりのような姿へと変わっていた。体が崩れているあいだも大公は何事かを叫ぼうと口を動かし、潰れて片方だけが露わになった目で必死に双子姫を見つめている。

 双子姫は微かに震えながらも大公から目を逸らすことなく、じっと見つめ返していた。


《Mia musa. Yoa ti yoa shyera cheeza――――!》

『010011100001011001110101010011000011000001101011』


 そして――――最後の一節が紡がれたとき。


【████、████――――……】


 大公は今際の吐息のような音だけを残して、物言わぬ一欠片の金属体と化した。

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