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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
陸幕◆謳う機構人形
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真実を知るために

「そんなことがあったのね……」


 別れて行動していたあいだの話を聞いたミアは、沈痛な面持ちで二人を見上げた。

 メイベルという歌い手の女性が処刑された下りのときには、泣きそうな表情にさえなっていた。


「そんなわけだから、まさか街で姫さん方が処刑台に乗ってたなんて知らなくてな」

「気付いたとしても私たちではどうしようもなかったから、来てくれて助かったよ。君も、学園の生徒なのに巻き込んでしまって済まないね」

「それは言いっこなしだにゃ」


 それに、とミーチェは決意を宿した瞳で拳を握る。


「珍しい魔石が職人街に持ち込まれたなら、お父さんが食いついてる可能性は充分あるにゃ。もしその魔石をお父さんが加工して大公さまのとこに送ったのが原因なら、大変なことだにゃ」

「まだ決まったわけじゃねェけどな」


 そう言いつつも、嫌な予感が渦巻いて仕方がない。

 職人街へ持ち込まれたとされる珍しい魔石と、突然姿を消した職人、それと同時期に大公殿下が乱心したとしか思えない凶行に走る事件が発生しているのだから。


「俺らだけじゃなく全員あんだけ目立ったとなると、もう隠れてる意味はあんまねえな」

「そうね。でも、お姫様は匿っておいたほうがいいと思うわ」


 ミアの言葉に、双子姫は静かに首を横に振って言った。


「いいえ、わたくしたちも参ります」


 穏やかだが力強い、確たる意志を感じる声で。


「足手纏いになるであろうことは承知でお願い申し上げます。どうかわたくしたちを、父の元までお連れくださいまし」

「実はわたくしたち、もうひと月も父と対面していないのです。処刑が言い渡されたのも、宰相を通してのことでした」

「宰相を、ねえ……」


 なにか言いたげに呟いてから、ヴァンは「わかった」と頷き、ミアを見下ろした。ミアは両手を胸元で握り、心配そうに双子姫とヴァンを見上げている。


「心配なのもわかるが、自分事をただ待ってるってのもしんどいもんだぜ」

「そう……そうね。わかったわ。一緒に行きましょう」

「ありがとうございます、皆さま」


 双子姫を伴い、ミアたちは劇場を出た。

 職人街は相変わらず静かで、人通りが殆どない。だからといって周囲の工房から作業をする音が聞こえているわけでもなく、住民は家に籠って息を潜めているようだ。ローベリアと異なるのは、人が消えているわけではないため、周囲を探ればしっかりと生きた気配を感じるところだ。


「行きましょう。わたしたちが中心市街へ赴けば、きっと向こうから会いに来てくれるわ」


 ミアと双子姫をあいだに挟むようにして、路地を進む。

 中央市街方面へ歩いていると、騎士を引き連れたローブの男が立ちはだかった。物々しい甲冑を身につけた騎士たちは武器こそ抜いていないものの、いまにも斬りかかりそうな鋭い気配を一行に向けている。ヴァンは何度か顔を合わせている相手、街に来て早々不穏な疑いをかけてきた人物、アルマファブルの宰相だ。


「大公殿下がお呼びである。素直についてくれば手荒な真似はしない」


 目深に被ったフードのせいで顔は見えないが、声音は中年男性のものだ。当て布をしているのか変声魔術でも使用しているのか、声が妙にくぐもって聞こえることも気にかかる。

 ミアが隣に立つミーチェを見れば、なにか探るような視線を宰相へ送っていた。


「行きましょう。街で騒ぎを起こす理由は、わたしたちにはないもの」


 ヴァンを先頭に、ミアとクィン、双子姫、殿にルゥとミーチェという隊列で宰相のあとへ続く。左右と背後を騎士に挟まれた格好は、罪人の護送を思わせる。しかし、幸か不幸か、民のあいだで国や宰相への不信感が高まっていたお陰で、派手に処刑台を破壊して公女を攫ったところを大勢に見られたわりには、民は一行を非難してはいなかった。それどころか、殆どの視線が同情的ですらあった。

 暫くして、前方にアルマファブル城が見えてきた。繊細で優美な彫刻や吟遊詩人の物語を描いたガラス絵などで飾られたエレミアの城とも、大量の魔石を惜しげもなく装飾に使った豪奢で絢爛なローベリアの城とも趣が異なる、荘厳で威圧的な城だ。


「大公殿下は謁見の間でお待ちである」


 振り向きもせずに言い、宰相は城の奥へと歩を進めていく。

 アルマファブルの城内には高度な機構術が随所に仕込まれており、見る人が見ればその技術力に溜息が漏れていたことだろう。然程明るくないミアたちでさえ、此処は他の国と一線を画していることが感じ取れたのだから。

 ただ一人、妖精郷にて高水準の教育を受けてきたクィンだけは、美しい城に秘められた機構術の複雑な回路に感心と警戒を示していた。

 やがてひときわ大きな扉の前に着くと、宰相は足を止めて扉越しに「大公殿下、咎人共をお連れ致しました」と声をかけた。気のせいではなく罪人としての護送だったこと自体には驚かないが、扉の向こうから返ってきた声には思わず息を飲んだ。


【01010001011001010011000010001100】


 声というにはあまりにも不自然な、甲高い音だった。断続的に明滅するかのような、奇妙な音。それが応答した。同時に両開きの扉が重い音を立てて奥へと開き、一行は包囲する騎士に促される形で謁見の間に入った。


「これは……」


 ヴァンとクィンが、同時に同じ感嘆を漏らした。

 扉の先は、想像していた謁見の間とは全く違っていた。言われなければそれとわからないほどに彼らの知る風景と異なっている。

 剥き出しの機械部品が壁一面、天井、床をも埋め尽くし、金属質のコードが血管のように周囲に張り巡らされている。異様なことにそのコードは低い音を立てながら脈動しており、中をなにかが流れているのが感じられる。周囲に埋め込まれた魔石は、小さく瞬きながら微かに囁くような高い音を発しており、その音は『大公が応答した際の声』に似ていた。

 無数の音に囲まれながら、一行は歪な機構の部屋を進む。本来ならば、真っ直ぐに絨毯が伸びているはずの其処には剥き出しの機構部位があるばかり。本来無機質であるはずの機構部位はいやに生々しく、鈍色の生物の体内に取り込まれているかの如き錯覚を抱かせる。

 なにより目を引くのは、最奥の玉座だ。玉座の背もたれ上部に、苦悶に歪む男の顔が張り付いていて、その口から断続的に甲高い音が漏れ出ている。鈴の音とも、金属音とも、鳥の声とも違う。虫の羽音とも、魔物の鳴き声とも、魔石を転がす音とも違う。耳馴染みのない音だ。

 それは、電子音だった。機構都市でも滅多に聞くことのない、自然には存在しない音。ましてや人の口からするはずもないそれが、玉座のレリーフのようになった男の口から響いている。部屋を埋め尽くす無数のコードは玉座の背へと繋がっており、見方を変えれば玉座から触手が伸びているようにも見える。


「っ……そんな……」

「お姉……さま……」


 何とも奇妙な状態にある男の顔を見た双子姫が、息を飲んで寄り添い合った。頽れそうになった体を互いに支え合うようにして、どうにか立っている状態だ。


「お父さま……!」


 双子姫が手を取り合い、玉座に張り付いた男の顔に向かって叫んだ。

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