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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
陸幕◆謳う機構人形
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真相解明前日譚

 酒気に紛れて、市民たちの不安の声が流れてくる。ジョッキを傾けながら、男たちは「この国はどうなってしまうんだ」「全く、処刑が数少ない娯楽だった時代じゃあるまいし」「我が国自慢の技術を、まさか市民を処刑する道具に活用するなんてなあ」「近隣諸国へのとんだ恥さらしだ」と流れるように愚痴をこぼす。だが酔っていても鼻歌を漏らす者は居らず、聞こえてくるのは不安と不満に沈んだ低い声ばかり。

 ふと、誰かが話の流れで「いつからこんなことになっちまったんだか」と呟いたのを皮切りに、別のテーブルについていた男たちも含めて、そういえばと記憶を辿り始めた。


「ああ、あれじゃないか? 異大陸から商人が流れてきただろ。珍しい魔石がどうとかって」

「でもそれは大公殿下じゃなく、加工師んとこに持ち込まれたじゃねえか。職人街の何処に魔石が流れたかまではわからんだろ」

「もし大公殿下への献上品として持ち込まれたんなら、あそこしかないと思うがなあ」

「けどアイツは、嫁さん亡くしてからろくに仕事してねえじゃねえか。そんなとこに貴重な魔石を持ち込むかねえ」


 喧々囂々。それぞれがそれぞれに言いたいことを言っている上に、皆酒が入っていて一人一人の声量が大きい。お陰で有用な情報を拾うのに難儀した。

 何とか把握出来たのは、別大陸から珍しい魔石が流れてきたこと。その魔石が職人街の何処かへ持ち込まれたらしいことだけ。しかも、その話をしていた酔客が誰なのかまではわからないため、子細を訊ねに行くことも出来そうにない。

 僅かな収穫を頼りにまた明日改めて調査するしかなさそうだと、二人が席を立ちかけたとき。


「ふざけやがって! 何の権利があって俺たちから楽しみを奪うってんだ!!」


 突然酔った男が椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、大声で歌い始めた。周囲の客は目を見開き、一瞬なにが起きたのか理解出来ない様子で固まっていたが、すぐに男を止めようとした。だが男は余計火がついたように声を張り上げ、止めに入った男たちを振り払い、とうとう酒場を飛び出して通りで歌い出した。ヤケクソのような嗄れ声に、僅かな涙の気配が混じっている。

 よくよく聞いてみれば労働者の男が歌うには随分と艶っぽい、恋する女の歌だ。主にこういった酒場で、色気のある女の歌い手が歌うような。

 暫くして外が騒がしくなり、歌声が止んだ。やがて複数の罵声が重なり合い、乱暴な足音と共に遠ざかって行く。窓際の席にいた二人組の男は通りで起きた全てを見ていたらしく、顔を青くしている。酒場にいる誰もが酔いから醒めた様子で呆然としており、ヴァンとシエルもまた、件の男の行く末を思い、何とも言えない表情をしていた。


「アイツ、此処のメイベルに懸想してたって本当だったんだな」

「特別惚れてなくたって、彼女の最期を見たヤツならやりきれんだろうよ」


 潜めた会話を耳ざとく捕らえたヴァンは、席を立って今し方話していた男たちの元へ向かった。男たちはチラリと視線を上げ、言葉で問う代わりに目で物を言う。


「いま話してたメイベルって歌い手のこと聞きたいんだが」

「あんまり大声で話すようなことじゃないんだがね」


 答えと共に、視線が空席を示す。ヴァンが腰掛けたのを横目で捕らえつつ、男たちはメイベルという名の歌い手が迎えた最期について話して聞かせた。


 彼女は、この街では名の知れた歌い手だった。アルマファブルで生まれ、時計技師の父親と楽器奏者の母親と共に、職人街と中央市街の丁度中間にある家で育った。職人街で暮らす年季の入った職人たちは彼女を幼少期から知っており、彼女の歌のファンだった。

 歌うことがなにより好きで、酒場で歌うようになってからもある意味皆の娘のような存在だったこともあって下品な野次に見舞われることなく、伸びやかに歌い続けていたのだが。

 ある日突然、大公の命令で歌い手たちに『廃業か死か』との最悪な選択を迫られた。最初こそ、歌うことをやめるくらいなら死んでやると息巻いていた歌い手たちだったが、大公が本気らしいと知ると、ほとぼりが冷めるのを待つかのように次々に歌を捨てた。

 ただ一人、メイベルを除いて。


「メイベルは最期のとき、処刑台の上で歌ったのさ」


 処刑者には、最期に遺言を残す権利がある。それはどんな大罪人にも許されていることで、例に漏れずメイベルにも「なにか言い残すことはあるか」と問われた。

 彼女は処刑台の上に立ち、背筋を伸ばして、穏やかな表情で歌った。


 ――――私は歌になる。魂を世界にとかして、歓びの歌に。いつか再び巡り会うとき、私の歌はあなたのための風になる。――――


 離れた席で聞き耳を立てていたシエルが、一瞬目を瞠った。

 困惑も落ち着いて徐々に賑やかさを取り戻しつつあった店内でそれに気付く者はなく、ヴァンも彼に背を向ける形で座っていたため、目に留めることはなかった。


「酒場で歌ってたときと、何にも変わらなかった。歌が好きな、あの子のまま……」


 男はとうとう片手で顔を覆い、静かに涙を啜り始めた。

 娘のように思っていた女性の、誇り高い最期。それを見届けることしか出来なかった無力感は、余所者のヴァンには察するに余りある。

 礼を添えて席を立ち、シエルに声をかけてから、ヴァンは酒場を出た。


「少し、話したいことがあるんだ」

「おう」


 二人は空き家を経由してシエルの劇場へと籠ると、浅い吐息と共に肩の力を抜いた。此処はいつ来ても果てしなく晴れた空と草原が広がっている。


「んで、話ってのは?」

「メイベルって歌い手が最期に歌ったっていう、あの歌なんだけど」

「ああ。変わった歌詞だったな」


 シエルは一つ頷き、僅かに視線を彷徨わせてから口を開いた。


「あれ、詩魔法の一節だったよ」

「はァ!?」


 思わず大声が出たことに自分で驚き、ヴァンは慌てて「悪ィ」と言ってから深呼吸をした。


「詩魔法の歌詞自体は伝承にも残っているし、魔法関連の本がある大きな図書館なんかには歌詞が載っている本が置いてあったりもするんだよ。ただ、知っての通り、加護のある娘以外が歌ってもなにも起きないんだけどね」

「それは世界中の人が知るところだな。でなきゃその辺の歌い手捕まえて歌わせりゃ、魔石問題は万事解決……待てよ」


 ふと思い立ち、ヴァンは険しい顔でシエルを見た。シエルも複雑そうな表情でヴァンを見上げており、互いの考えが一致していることを確信した。


「まさか大公は、最後の詩魔法の使い手を消すために……」


 シエルが長い睫毛を伏せ、浅く頷いた。

 これまで旅をしてきて、一行は少なからず目立ってきた。世界に名が轟くほどではないにせよ、耳の早い冒険者はヴァンたちの存在を知っている。元から冒険者として名が知れていたヴァンと、エルフ族のシエル、妖精の王族かそれに近しい身分であると思われるクィンと、大昔に姿を消した神代種族フローラリアのミア。其処に花形闘士の獣人族ルゥとアルマファブルの貴族が使うような魔獣馬車が加わり、それはそれは目立つ集団となった。

 しかしまだ、フローラリアの娘が詩魔法の使い手であることまでは広まっていないらしい。元がティンダーリアの秘儀であったからか、ヒュメンの娘に目が向いているようだ。


「ミアたちには悪いけれど、こっちに来てもらおう。少なくともあの魔石を利用している何者かが大公殿下の傍で暗躍していることが、ほぼ確定してしまったからね」

「だな。合流するまでのあいだ、俺たちで出来ることは済ませちまおう。取り敢えず、今日はもう休もうぜ。色々ありすぎて疲れた」

「宿は取っていないから、此処で寝ることになるよ?」

「お前が構わねえなら構わねえよ」


 草原に身を横たえ、ヴァンは目を閉じた。シエルは魔獣馬車のやわらかな毛並みに半身を預け、優しい鼓動を聞きながら眠りにつく。


 そして数日後。街の外れでミアたちに言告鳥を飛ばしたのだが、それを街の兵士に見咎められて危うく捕縛されそうになり、やむなく劇場に身を隠したのだった。


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