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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
陸幕◆謳う機構人形
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音楽が消えた街

 ――――数日前。


 ミアたちが学園で体験入学をすることになった頃。

 ヴァンとシエルは、有料転送門を使ってアルマファブルに到着すると同時に、驚愕や恐怖などを色濃く映した視線に取り囲まれた。何事かと問うより先に、一人の転送門職員が駆け寄ってきて、主にシエルへ向けて話し始めた。


「お兄さん、悪いことは言わないから、すぐに国を出たほうがいい。どんな用があって来たのかは知らないが、どんな用だったとしてもいまのアルマファブルではろくに動けやしない」

「ああ、そうだな。そうしてくれ。我々も知らん人とはいえ処刑される様は何度も見たくない」


 思わぬ単語が飛び出てきて、シエルはヴァンと顔を見合わせた。

 ローベリアの騒動を解決して来てみれば、此処でもなにやら問題が発生している様子。しかも、職員たちの様子を見るに、並大抵のことではなさそうだ。

 と其処へ、通りのほうから何者かが近付いてくる足音と気配がした。音は複数。そのうち数人は足音からして金属鎧を身につけているようだ。この足音を聞いた瞬間、職員たちの顔が青ざめた。空気が張り詰め、引き攣った表情で市街へ続く門戸を見つめている。


「ヴァンくん」

「任せろ」


 一言交わすと、シエルは竪琴を軽くかき鳴らして魔獣馬車と共に姿を消した。

 直後、乱暴に扉が叩き開けられ、城の護衛騎士らしき人物とそれに囲まれた権力者と思しき男が転送門到着室を訪れた。上等な紺のローブを纏い、大きなフードを目深に被ったその男は、周囲をぐるりと見回すと、たったいま訪れた冒険者であるヴァンに目を止めた。


「この男だけか」

「え、ええ。いったい宰相殿がなにゆえこんなところへ……」

「見回りである。大公殿下のお心を惑わす不埒な男が紛れていないか探るためのな。転送門を使用して輩が紛れ込むやも知れんだろう」

「吟遊詩人でしょう? さすがに来ればわかりますよ。彼らは必ず立派な楽器を持っていますし。つまり、この方が全く違うってことも見ての通りですよ」


 動揺を隠せない様子の男性職員に代わって、女性職員が答えた。作業の片手間のような態度に、

宰相と呼ばれたローブの男はフードの奥で鼻を鳴らして不満を表すと、身を翻した。


「見かけたら必ず報告するように。……断ればどうなるかわかっているであろう」

「ええ、ええ、勿論ですとも。何度もお聞きしていますからね」


 女性職員の応答を聞いたのかどうか、宰相はツカツカと早足に転送門到着室を去って行った。

 鎧の足音と鋭い気配が遠ざかったのを確かめ、職員たちは一様に溜息を吐いた。彼らの表情にはたった一度の訪問にも拘らず疲労がくっきりと浮かんでおり、普段の苦労が窺える。


「いまのは何だったんだ?」

「我が国の宰相殿ですよ。なにがあったやら、最近吟遊詩人や歌い手を片っ端から処刑して回っているんです。酒場の歌手は皆、廃業か処刑を迫られて一人もいなくなりました」

「何だそりゃ……」

「さあ? 后妃殿下もお姿が見えないし、いったいなにがどうなってるんだか」


 処刑の理由は全く理解出来ないが、大慌てですぐに出て行けと言われた理由はわかった。しかし

出て行けと言われて大人しく帰るわけにはいかない。彼らには悪いが、ヴァンはアルマファブルの異変を調査することにした。


「取り敢えず、事情はわからんが吟遊詩人さえいなけりゃいいんだろ?」

「まあ……そうですね。あなたお一人なら滞在しても構いませんが、万一お連れの方が見つかった場合、身の安全は保証できませんよ」

「わかってる。……だそうだぜ、シエル」

「なるほどねえ」


 声と共に一陣の風が吹き、シエルが姿を現した。そして、シエルが竪琴をひと撫ですると、瞬く間に優美な装飾の弓へと姿を変えた。やわらかな金色のボディに蔓草の装飾が絡みつき、両端には白い花が咲いている。


「そんな器用なこと出来たんだなァ、アンタ」

「ふふ。まあね。弓は滅多に使わないけれど、何とかなると思うよ」

「よっし、じゃあ行こうぜ。世話になったな」


 職員に向けてひらりと手を振り、ヴァンとシエルは有料転送門搭乗口を出た。

 アルマファブル中心市街は、一見するといつも通りの日常風景が流れているように見えた。店は通常通り開いており、買い物客もいる。だがよく観察すれば、その日常は上辺だけのものであるとすぐにわかった。人々の表情は精彩を欠いており、なにかに怯える様子を見せる人もいる。周囲を見回してから潜めた声で隣人に何事か伝える人がいたかと思えば、とある家には手向けの花が扉を囲むように置かれていたりする。

 二人は手分けをして街を散策しながら、周辺の雑踏を一つ一つ拾い上げ、情報を集めた。


「だいたい集まったか。さて……」


 近くの道具屋で物のついでに購入した薬草をバックパックにねじ込み、気配を探る。シエルには早めに拠点を作ってもらうよう言ってあったのだが、どうやらそれも完了しているようだ。

 シエルの魔素を辿って行くと、町外れの空き家に到着した。通常空き家は、野盗などがこっそり棲み着かないよう管理者によって施錠されているのだが、この家は鍵が開いていた。不用心だが、いまはありがたい。

 扉を開けると、其処はシエルの劇場だった。通ってきたはずの扉は消えており、代わりに果てのない草原と青空が広がっている。


「お帰り。そっちはなにか収穫はあったかな」

「おう」


 すり寄ってくる魔獣に和みつつ、その頭を撫でてやりながら、ヴァンは街で見聞きしてきた噂をシエルとすり合わせた。


「大公が乱心、突然吟遊詩人や歌を生業にしている人間を無差別に処刑するようになった。んで、そうなった辺りから后妃殿下が姿を見せなくなったらしい。元々積極的に街を視察するタイプじゃなかったようだが、周辺貴族との会合にも参加してねえんだから、おかしいよな」

「そうだね……公務に参加されないのは少し気になるね。それに、歌といえば姫様方も歌が好きでいらしたはずだよ」


 港町での歌比べを思い返しながら、シエルが竪琴に触れる。


「まさか自分の娘を処刑なんてことにはならねえだろうが……気にはなるな」

「なにより、何故急に歌を敵視するようになったかを突き止めないと。冒険者を警戒するならまだわかるけれど、住民まで処刑するなんてあまりに異常だよ」

「だよなァ……」


 互いに首を捻り、押し黙る。

 歌と聞いて思いつくのは、やはり災厄の魔石絡みの詩魔法だ。災厄の魔石への対処を求めるなら尚更歌える者を集める方向に行くはず。逆のことをしているということは、最悪の想像をすると、災厄の魔石に対処出来る人間を消そうとしているとも取れる。

 ヴァンが知る限り、アルマファブルの現大公は賢君で知られる好人物であった。ローベリアとの外交問題は先代以前から続くものであって、現大公が引き起こしたものではない上に、ローベリア自体が崩壊寸前であったにも拘らず侵略戦をしかけていない、温厚な人物だ。

 だからこそヴァンは、手記を初めとする証拠品を此処へ持ってきたのだが。


「魔石絡みにしろそうでないにしろ、この異変は放置できないね」

「おう」


 シエルが竪琴をかき鳴らす。

 瞬き一つののちに、ふたりは空き家の前に佇んでいた。シエルの竪琴もいつの間にか弓に戻っている。


「さて……いい頃合いだし、酒場にでも行くか」

「歌い手はいないってことだけど、奏者までいなくなってしまったのかな?」

「どうだろうなァ。下手なことして目ぇつけられても面倒だし、いねえところもありそうだが」


 適当に目をつけた労働者向けの酒場の扉を開けると、店内が俄にざわついた。客も店員も含めた店中の視線が、一斉に注がれる。だがすぐに、出入口付近の席にいた男が「なんだ、弓か……」と零した途端、他の客たちも次々に安堵の息を吐いて目を逸らした。

 どうやらシエルの持ち物を楽器と誤認したらしい。それほどまでに市民は歌い手の存在に敏感になっているのだ。

 二人掛けのテーブル席に座り、ヴァンはスタウトを、シエルは果実のカクテルをそれぞれ頼んで店内を見回した。酒場も市街同様に、賑わっているようで妙な緊張感が流れている。

 普段なら歌い手や奏者が賑わいに色を添えるステージ上には、楽器の一つすら置かれていない。

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