実戦的課外授業へ
翌日も、そのまた翌日も、ミアたちは学園で過ごした。
最初こそ物珍しげにしていた生徒たちだが、三日目ともなれば落ち着いてくるもので。遠巻きにしていた生徒も、扱い兼ねていた教員も、学園の一員のように話しかけてくるようになっていた。そんな中でも、ミアは同じ女子寮で生活しているアーティカとジェルヴェラ、そして竜人族の少女ダリアと猫獣人の少女ミーチェの四人と仲を深めていた。
更に其処へヒュメンの少年カストルと翼人族のジャターユが加わり、より賑やかに過ごすこともあった。様々な種族の常識、風習、性質を肌で感じることが出来る時間は、ミアにとって冒険では得られないもう一つの生きた体験だった。
三日目の授業を無事に終えたミアたちは、学園の購買でお茶とお茶菓子を購入し、中庭に来た。前庭にも劣らぬ手入れが行き届いた美しい庭園で、見渡す限り色とりどりの花が咲いている。庭の中心を飾る小さな泉には小鳥たちが遊び、羽から舞い散る雫が光を反射して輝く様は宝石を纏っているかのよう。
「本当に素敵なところね」
「でしょう?」
なにもかも忘れて、此処の生徒たちと同じようにただ心のままに学ぶことが出来たなら。
そんな、分不相応な望みを抱いてしまいそうなほどに、この学園は優しく美しい。
「此処がずっと平和で優しい場所であり続けられるように、わたしもがんばらないと。そうよね、クィン」
「はい、ミア様」
自身に言い聞かせるかのようなミアの問いに、クィンは真っ直ぐに答えた。
二人の様子に言いようのない憂いの影を感じたアーティカたちだったが、だからこそ「旅なんて危険なことはやめて、本当にこの学園の生徒になったらいいじゃない」と軽々しく提案することも出来なかった。それがたとえ、雑談の流れで出る軽口めいた言葉であったとしても。
アーティカは喉まで出かかったそれを飲み込み、胸の奥へ押し込めるようにして買ったばかりの焼き菓子を口に入れる。
「あら……? なにかしら」
そうして談笑していたミアたちの元へ、一羽の小鳥が舞い込んできた。ミアの手のひらに収まる大きさの真っ白な小鳥は、ミアの目の前で歌を一節紡ぐと光の粒となって消えた。
いまの小鳥は言告鳥の魔法。主にエルフ族が使う、鳥の形をした風属性の情報伝達魔法だ。
「ミアさん、いまのは……」
「大変だわ」
何だったの、と問うはずだったジェルヴェラの声は、蒼白となったミアの横顔を目にした途端に喉奥へと引っ込んだ。ミアの震える指先が、口元へと添えられる。
「ミア様」
「……! クィン、大変なの……すぐに、すぐに向かわないと」
「落ち着いてください。シエルは何と?」
狼狽するミアの正面にしゃがみ、揺れる瞳を真っ直ぐに覗き込んで問えば、ミアは一つ深呼吸をしてから震える声で「魔石が」と答えた。クィンにとっては、それだけで充分過ぎる答えだった。
「すぐに参りましょう。部屋に荷物を取りに行って参ります。ミア様も」
「ええ、ええ……行ってくるわ。それから、ええと……」
「あたし、タレイア先生を呼んできます! 前庭に呼べばいいですか?」
「ミアさんには私が付き添いますわ」
動揺が隠せないミアの代わりに、アーティカがクィンに訊ねる。ジェルヴェラはミアの背に手を添えながら、同じくクィンを見上げて微笑みかけた。クィンは一つ頷くと「……どうか、ミア様をよろしくお願いします」とだけ答えて男子寮へと駆けていった。
「ミアさんも行きましょう」
「え、ええ。ルゥ、前庭で待っていて頂戴。集まる目印になってほしいの」
『わふん!』
ルゥの返事を受け、ミアもジェルヴェラに手を引かれながら女子寮を目指した。
放課後の学園は穏やかな開放感に満ちていて、談話室や前庭などで思い思いに過ごす生徒の姿が見られる。ほんの少し前まではミアたちもその一部だったのだが、彼らとは違って冒険者であると現実が思い知らせてきたのだ。
与えられた自室に入り、元々大して多くもない荷物を纏めて身につける。そうしてミアは、魔術学園の生徒から冒険者へと変わった――――否。戻った。
「……夢みたいな日々だったわ」
ぽつりと零し、部屋をあとにする。
ジェルヴェラはその寂しげな様子に、なにを言うことも出来なかった。どんな言葉も気休めにもならないとわかっているから。自分は学生で、ミアは冒険者。立場の違いを誰よりも痛感しているミアに、気楽な立場からなにを言えるというのか。
「先生!」
前庭に向かうと、既にタレイアがルゥの傍で待っていた。タレイアの周囲には、学園生活を共に過ごしたいつもの四人……ヒュメンの少年カストルと竜人族の少女ダリア、それから翼人族の少年ジャターユと猫獣人の少女ミーチェが揃っている。
「いまからアルマファブルへ向かうと伺いましたが、移動手段の宛はあるのですか?」
「……それが……」
馬車はヴァンたちが乗って行っている。所持金はそれなりにあるものの、有料転送門は冒険者の他に一般の商人や旅人も利用するため、自分たちだけいますぐにとはいかない。とはいえ、何時間待つことになるかわからない有料転送門に並ぶのが一番早いのも確かなのだが。
「でしたら、転送魔術を使用しましょう。ミーチェ」
「はいにゃ」
タレイアがミーチェを呼ぶと、ミーチェは一歩前に進み出た。
「あなたはアルマファブルで暮らしていたことがありましたね」
「入学前にちょっといたにゃん。だから転送魔術の道になれるにゃん」
転送魔術は、術者が行き先を知っている必要があるのは当然として、同行者にも行き先を明確にイメージ出来る者が最低一人はいないと上手く起動しない。知っているのがどちらか一方だったりどちらも知らない状態で転送魔術を起動すると、思ってもみないところへ飛ぶ転送事故が起きる。
有料転送門は、転送先を固定することで安定化させた移動魔術。行き先の融通は利かないものの大きな街同士を結んでいるため、利用者は多い。
「でも、先生、わたしたちの行き先には災厄の魔石があるの……ミーチェにどんな危険があるかもわからないわ」
ミアはミーチェの同室でもあり、特に彼女と仲が良かったダリアを見た。
「私は心配してないよ。ミーチェは子猫だけど飼い猫じゃないからね」
「でも……」
再びミアがタレイアに視線を戻すと、タレイアはやわらかく微笑んでミアの肩に手を置いた。
そうしてからミーチェの背に手を添えて、ミアたちのほうへと優しく押し出す。
「ミーチェは私の生徒の中で最も冒険者に近い子でもあります。足手纏いにはならないでしょう。いざとなれば走って帰ってくることも出来ますからね」
「お花ちゃん、大丈夫だにゃん。邪魔にはならないって約束するにゃ。ヤバくなったら逃げるって約束するにゃん」
ミーチェの両手が、優しくミアの震える手を包む。
暫くして、不安げに揺れていたミアの瞳が、真っ直ぐにタレイアを見上げた。
「わかったわ。先生……わたしたちをアルマファブルへ送ってほしいの」
「任せてください。そのローブは着ていくといいでしょう。魔術防御力に長けている上、僅かではありますが斬撃、打撃耐性もありますから」
「なにからなにまで、ありがとうございます」
ミアとクィンとルゥとミーチェ。四人の足元に、魔法陣が展開される。マギアルタリアの紋章がアルマファブルの紋章に変わったかと思うと、四人が光に包まれた。
「行ってらっしゃい、私の大切な生徒たち。皆、無事に帰ってくるんですよ」
転送魔術が起動する寸前、そう言って微笑んだタレイアは、ミーチェだけでなく全員を真っ直ぐ見つめていた。
【魔術学園】
マギアルタリア王家が創立し、管理運営しているマンモス校。
外観、内装、設備、全てにおいて一流であり、成績優秀な卒業生は王城に就職することもある。
入学は種族で区別することなく、完全なる実力主義。
貧しくとも能力さえあれば入学することが出来、奨学金制度を受けることが出来る。
但し、奨学生は通常の生徒以上に生活態度や成績などを厳しく見られ、万一不祥事を起こせば即時退学も有り得る。