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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
幕間◆魔術学園体験入学
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授業のお時間

 星魔術の訓練場として指定された聖堂裏は、裏庭というにはとても広い空間だった。防護結界が周囲に施され、遠方には訓練に使うものと思しき的も見える。

 此処にはアーティカの他に、猫獣人の少女と竜人族の少女もいる。

 ジェルヴェラは調教術へ、ヒュメンの少年と翼人族の少年は近接戦闘術へ向かったようだ。


「本日は星涙の杖を使って、星の矢という魔術を練習してもらいます。当然ですが、人に向かって使うものではありませんので、杖の扱いには充分気をつけてください」


 配布されたのは、軸に星涙を削り出したときに出た粉末が、先端には雫型にカットした星涙が、それぞれ使用された美しい杖だった。ヒュメンは魔法生物と違って、魔石の補助がなければ魔術を使用出来ない。そして使用魔術の種類と威力は、当人の持つ魔素量と魔術触媒によって変化する。才のない人間はどれほど優れた職人の杖を持とうと、焚き火の火付けすら出来ないこともある。

 更に、魔法種族でもミアのように特定の属性を強く持つ者は、相反する属性の魔法を苦手とすることが多い。ミアの場合は、風や水に属する魔法が得意で、炎や金の気が苦手、星魔術に至っては近年ヒュメンが開発した新しい魔術であるため、全くの未知といったところだ。


「では順番に並んで、あちらの的へ向かって星の矢を放ってください」


 タレイアの合図で、前方にいた生徒四人が位置についた。正面を指すように杖を真っ直ぐ構え、呪文を唱えながら習ったとおりの軌跡を描くように振る。すると、杖の先端から青白い光が迸り、前方の的に当たって弾けた。弾けるときの煌めきはまさに流星さながらで、タレイアの言っていた美しい魔術という言葉の意味が一目でわかった。


「次はあたしたちの番ですよ。行きましょう」


 アーティカに連れられる形で、ミアは射撃位置についた。足元にある立ち位置を示す印と前方の的を見比べ、緊張の面持ちで深呼吸をする。と、アーティカと逆隣についた竜人族の少女がミアに「大丈夫よ、私でも使えたんだもの」と微笑んで見せた。

 タレイアの「構え」の声にあわせて、杖を構える。そしてタレイアのお手本通りに呪文を唱えて杖を振ると、ミアの杖からも流星が奔った。だがミアの放った星の矢は螺旋状に花弁を纏い、星が砕けるときも花が散るような軌跡を見せた。ミアだけではない。竜人族の少女が放った星は星涙の青色に僅かな緋色が混じり、当たった的にも僅かな焦げ目が付いている。


「わたし、なにか間違えてしまったかしら……?」

「気にすることないわ。魔法種族が魔術を使うと、使い手の属性も乗ることがあるの。その証拠に私の的も少しだけ焼けているでしょう? 私は炎竜の子孫だから、そのせいね」


 緋色の長い髪をかき上げ、金と紅がとけ合ったような不思議な色の瞳を細めて、竜人族の少女は微笑む。左頬にうっすら浮かび上がる紅い鱗と褐色肌が、彼女のルーツを表していた。


「……と、そう言えば私たち、名乗ってもいなかったわね。私は竜人族のダリア。こっちの子猫はミーチェよ」

「子猫のミーチェだにゃん」


 よろしくと言って差し出された手を、ミアが順に握る。ダリアの手は大きくて熱く、ミーチェの手はやわらかくて温かい。どちらも鋭い爪を持っていたが、ミアの肌を傷つけることはなかった。


 実技を終えたミアたちが、訓練場の片隅で親交を深めている頃。

 一方で剣術実技の授業を行っている近接戦闘術のほうはというと、訓練用の剣を使ってクィンと生徒たちが手合わせを行っていた。


「お次の方、どうぞ」

「よろしくお願いします!」


 一人一人相手をしながら、生徒の癖や隙を指摘する。踏み込むときに力む癖がある生徒。武器を持つ手に無駄な力がこもっている生徒。自分ではフェイントをかけているつもりで、つい切り込む方向に視線をやってしまう生徒。

 細身の剣一本でいなしつつ冷静に教授する様は、実技の教師さえ見入ってしまうほどだった。


「うわっ!?」


 力の向きを利用されてつんのめった男子生徒が、武器を放り出して倒れ込む。これが実戦なら、今頃は剣と一緒に首が地面に転がっているところだ。


「やっぱ実際に外で戦ってる人は違うなぁ……」

「なにせ命がかかってるんだもんな。そんなの想像もつかないよ」

「あの人、確かフローラリアの子を護ってるんだろ? 戦えない種族を護りながら旅するなんて、大変どころじゃないよな」

「ところでお前ら、気付いてたか?」


 訓練場の端っこでヒソヒソと囁き合う生徒たちのあいだに、突然実技の教師が割って入った。

 それに驚いたのは噂話に興じていた生徒たちだ。目を丸くしたり気まずい顔になったりするのを愉快そうに見下ろしてから手合わせ中のクィンへ視線をやり、教師はにんまり笑う。


「あの人、最初の立ち位置から一歩も動いてないんだ」

「え……!?」


 生徒たちが、弾かれたようにクィンの足元に注目する。


「……ほ、本当だ……!」


 言われて気付いた生徒たちが、一斉に目を見張る。

 クィンは軸足をそのままに、片足を引いたり踏み込んだりと、僅かな体重移動だけで手合わせを遂行しているのだ。真っ直ぐに伸びた一振りの剣にも似た姿勢を崩さず、涼しい顔で生徒を次々に転がしている。

 これが、本物の剣技。何万回の素振りを重ねたところで決して至れない、命の宿った刃。

 ふと、教師と生徒たちの視線に気付いたクィンが、訓練場の壁際に視線を送った。バチリと目が合った教師が、気まずそうに歩み寄っていく。


「ああ……いや、不躾に済まない。あまりに見事だったもので、教える立場なのも忘れて見入ってしまった」

「恐縮です」


 相変わらず涼しげな顔のまま、クィンは凪のような声で答える。

 手合わせを終えたばかりの生徒は、床に座り込んで滲む汗を拭い、荒い呼吸を何とか整えようと深呼吸をしている。

 近接戦闘術の授業は基本的な型や組み手も勿論教えるが、それよりもまず、受け身の取り方から教えている。体勢が崩れるということは、相手に攻撃の隙を与えるということだ。無様に転がった挙げ句、寝起きのようにのんびり体を起こす余裕を敵が与えてくれようはずもない。それゆえこの授業ではどんな体勢からでもすぐに復帰出来るよう受け身を教えていたのだが、それが出来たのは半数に満たない生徒たちだった。

 多くは力の向くまま倒れ込み、中には武器を明後日に放り出して顔から転ぶ者もいる始末。


「どうも見たところ、受け身の練習だけじゃだめそうだな……どうしたものか」

「基礎トレーニングが抑も足りていないように感じました。武器に振り回されている生徒が多く、そのせいで自分が振り下ろした剣の力に引っ張られていたのです。魔術学園とはいえ体力があるに超したことはありません。魔剣士を目指すのであれば、尚更です」

「ふむ……なるほど。なら、授業のメニューを再編するか。いやあ、ありがとう。助かった」


 礼の言葉と共に差し出された右手を、クィンが握り返す。教師の手は厚みがあり、マメが出来た名残もあった。恐らく授業以上の戦闘を行ったことがあるのだろう。


 生徒たちを整列させ、担当教師が全員の顔を見回す。


「皆も実感していると思うが、クィンさんのお陰で色々と課題が見つかった。魔術学校なのだから近接はおまけだと思っていた者もいるかも知れない。だが、学びに無駄はない。生きた剣術を目の当たりにして、ただ感心するだけで終わらないように」

「はいっ!!」


 解散していく生徒たちを見送っていると、二人の女子生徒が手を繋ぎながら駆け寄って来た。


「あの……クィンさんとミアさんって、どういうご関係なんですか?」

「ヒュメンと同じ姿の妖精は王族だって聞いたのに、彼女に仕えているように見えたものだから、気になってしまって……」


 怖ず怖ずと、けれど溢れんばかりの好奇心を隠しきれない様子で訊ねる女子生徒を見下ろして、クィンは事も無げに「ミア様は私の全てです」と答えて微笑んだ。その瞬間女子生徒たちは表情を輝かせて色めき立ち、きゃあきゃあはしゃぎながら駆け去っていった。

 去り際、思い出したかのように振り返ってお礼を言ってはいたが、なにが琴線に触れたやら興奮冷めやらぬまま本校舎のほうへと消えて行ってしまった。


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