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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
壱幕◆チュートリアルの森
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一歩ずつ前へ

 二人の元へ戻ってくるミアの足取りは軽く、先ほどまで歩けなくなっていたとは思えないくらい回復している。ミアが足を止めると、クィンはその正面に跪いて主人を見上げた。


「お帰りなさいませ、ミア様」

「ただいま。とても気持ちいい泉だったわ」

「それはなによりでございます。傷も治られたようで、安心致しました」

「ええ、ええ、そうなの。あの泉、すごいのよ。さっきまでの疲れがとけるように消えたの。脚の怪我まで治ってしまったわ」


 大きな瞳を輝かせ、感激を露わに語り聞かせる。萎れ気味だった花翼も元気を取り戻しており、花弁の水滴が光を反射して、まるで宝石を纏ったかの如くに煌めいている。


「ねえ、クィン。ヴァンってすごいわね。わたしたちは幸運だわ。二人でなにもかもをしなければならなかったはずなのに、先輩に教えを請いながら旅をすることが出来るなんて」

「ええ、そうですね。ありがたいことです」


 先ほどまでのクィンであれば、ミアの口からヴァンを賞賛する言葉が出てきても素直に同意することは出来なかっただろう。自分ではだめなのか、力不足なのかと気に病んで、ミアを心配させてしまっていたかも知れない。


「せっかくだからクィンも泉に行ってくるといいわ。ずっとわたしを抱えて歩いてきたのだもの」

「畏まりました。では、少々失礼致します」


 妖精郷の中でさえ滅多に側を離れなかったクィンが、視認出来る距離とはいえミアから離れた。そのことに、ミアは仄かな安堵を覚えた。


「ヴァンのお陰ね」

「さあ、何のことだかな」


 色々な含みを持たせてミアが言うと、ヴァンは笑って受け流した。

 もしもこの旅路が二人きりだったら。きっとクィンは常に完璧であろうとしただろうし、ミアもそんなクィンの心情を察して、彼の疲れや傷に気付かぬ振りをすることしか出来なかっただろう。妖精郷の中ではそれでも良かった。妖精王がクィンのがんばり過ぎを咎めて、命令と称して休息を取らせていたから。けれどこれから先は、ミアも変わらなければならない。


「わたしたちだけだったら、きっともっと時間を必要としたわ」

「それならそれで、嬢ちゃんたちに必要な時間だったってこったろ」


 なにも問題ないと言うように、ヴァンはミアの言葉をやわらかく包む。ミアは、恥ずかしそうに目を伏せると、この際だからと胸に秘めていたことを零した。


「妖精郷でずっと一緒にいたのに、わたしはクィンのことをなにも知らなかったの。それなのに、クィンのことなら何でも知っているつもりでいたのよ。クィンは、わたしが生まれたときから傍にいてくれていたから、クィンの存在全てが当たり前になっていたんだわ」

「そんなもんだろ」

「そうかしら」

「おう」


 ヴァンの言葉は、ミアの心を容易く軽くしてくれる。舌先三寸の世辞でも浅い気休めでもない、ぶっきらぼうで飾り気のない物言いが、いまはとても心地良かった。


「ただいま戻りました。……ミア様、何だかうれしそうですね」

「ええ。うれしいわ。いま、とてもしあわせなの」


 主従が合流したのを見て、ヴァンは腰を上げた。土汚れを軽く払い、馬車道へ向けて歩き出す。


「さ、次は日暮れまでに中央広場だ。行こうぜ」

「ええ、参りましょう」


 ミアとクィンは手を繋いで、ヴァンの数歩後ろをついていく。

 やはり道の後半になるとミアの歩みが遅くなり出したが、今度は足を痛める前にクィンに告げることが出来た。そしてクィンに抱えられるばかりではなく、疲労が回復すれば自分の足で歩くようクィンに伝え、クィンも過保護になりすぎることなくミアの意思を尊重することが出来た。


 一行が中央広場に着く頃には、辺りは陽が傾き始めていた。大きく開けた空間の真ん中に大樹が聳え、その周囲を取り囲むようにして馬車道が出来ている。此処を通るには、どれほど急いでいる馬車も減速せざるを得ない。代わりに馬用の水場が通り道のすぐ傍に設置してあり、人間のための休憩場はこれまでの広場と同様、横道を少し進んだ先に複数箇所作られている。


「もう何組か休憩してんのがいるな」

「いままでの休憩所では人に会いませんでしたが、此処は違うのですね」

「中央広場はどんなに急いでも人の足なら必ず止まる場所だからな。それにいまはさっきの連中が北側で暴れてたせいで、足止め食ってるってこともあるんだろうよ。たぶん明日には早馬が来ると思うけどな」


 ヴァンについて歩きながら、ミアとクィンは興味深そうに辺りを見回した。これまでの簡易的な休憩所と違って、此処は小さな集会所と言って差し支えないほど拓かれている。

 道脇では行商が売物を広げ、キャンプの一角では、余所の冒険者が何処かで狩ってきた魔物肉を調理する匂いが漂っている。匂いに釣られて飛んできた鳥型の魔物ベンヌを、ハンター職と思しき冒険者が弓矢で巧みに撃ち落として、夕食の足しにする様も見られた。

 大陸北部の、森の向こうにはギルディアと妖精郷しかない森とは思えないほど賑わった広場に、ミアは好奇心を擽られていた。


「此処の広場には魔物が近付いてくるのね」

「あんだけ派手に肉の匂いさせてりゃ、なあ。俺らはそっちの広場を使わせてもらおうぜ」


 焚き火で焼き肉パーティを開催している冒険者一行が使用している広場は香ばしい匂いで満ちているため、ヴァンはその対角線上にある広場を選んだ。

 中央広場は六時と零時の方向に馬車道が伸び、それ以外の左右に小キャンプ広場へと続く小道が伸びている。大樹周辺も充分広い空間が確保されており、馬や馬車はそれぞれのキャンプ場入口に繋ぐ暗黙となっている。しかしそれを狙って盗賊がやってくることもあるため、馬車や馬の傍には見張り役が残っていることが殆どだ。

 ヴァンたちはまだ荷運び用の魔獣を持っていないので、これまで同様火の番だけを考えれば良いことになる。


「此処に共用テントはねえから、嬢ちゃんは初野宿だな」

「そうね。でも、二人と一緒なら大丈夫よ」


 第一広場で使用したテントは、ギルドが設置した共用テントだった。抑もミアたちは初心者用の冒険セットしか持っておらず、中身は最低限の布や応急手当用具、携行食や火打ち石程度である。しかもそれを所持しているのはクィンで、ミアに至ってはベルトにつけた小型バックパックだけという身軽さだ。

 この場にいる全ての冒険者どころか行商よりも軽装備だからか、周囲の視線を集めている。一つ先輩として『アドバイス』をしてやろうかと近付こうとする者が何人かいたが、その度にヴァンが睨みを利かせて退散させていた。

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