涙の再会
「アーティカたちは学園かしら……?」
数日の馬車旅を経て魔導帝国マギアルタリアに辿り着いたミアたちは、馬車と共に有料転送門でアルマファブルへ向かったヴァンとシエルと別れ、目的の少女を探していた。
フローラリアと妖精族と獣人という目立つ一行は人の目を引き、人の噂を呼ぶ。前回よりも街の人通りが多いからだろうか。歩き出してからものの数分足らずで遠巻きに眺める人が増え、いつの間にか大通りは祭の山車でも見るかのようにミアを眺める人で溢れていた。
「アーティ、あちらですわ!」
「あっ、本当だ! 皆さん!」
さすがのミアも若干の居心地の悪さを感じ始めた頃。
人だかりの奥から聞き覚えのある声がして、顔を上げた。
「アーティカ、ジェルヴェラ!」
見物人の群れを掻き分けて現れたのは、想像していた通りの二人組だった。
アーティカは真っ直ぐミアに駆け寄ると、小さな手を取り、笑顔で「ご無事でなによりです」と告げた。その隣ではジェルヴェラも「お久しぶりですわ」と淑やかにカーテシーをしている。
少女たちは目立っているミアの手を引き、学園のほうへと導いた。どうやら前庭までは一般にも公開しているようで、ローブ姿の生徒以外にも美しい庭園を眺めている観光客の姿がある。
ミアをベンチに座らせ、その隣にアーティカ、更にその隣にジェルヴェラが座ると、ルゥは狼の姿になって芝生に丸くなった。クィンは相変わらず、静かにミアの傍に控えている。
「それで、あの……ナダのことはなにかわかりましたか……?」
アーティカが切り出すと、ミアは少し表情を曇らせた。ただそれだけで、アーティカにとっては充分過ぎる答えだった。
ミアたちはローベリアで起きたことを、王女周辺の生々しい話を除いて簡潔に伝えた。それでも年端のいかない少女たちには衝撃的だったようで、言葉も無く呆然としている。
それもそのはず。行方をくらました子供たちが、錬金術の回路として使用されていたなどと。
「持ち帰ることが出来たのは、これだけなの……ごめんなさい」
ミアが懐からペンダントを取り出してアーティカに渡すと、彼女は両手でそれを受け取り、胸に抱きしめて俯いた。臙脂のローブに、ぽつりぽつりと音もなく雫が落ちる。
「アーティ……」
声も立てずに泣き続けるアーティカの背中を、ジェルヴェラが優しく撫でながら見守る。ミアも何と声をかければ良いかわからず、傍にいることしか出来ない。
そうしていると、不意に一行の前にそびえるような人影が立った。
「あなたたち、我が校の生徒になにか?」
そう言って見下ろすのは、濃紺のローブを纏った女性だった。険しい表情でミアたちを見据え、明らかに棘のある声を向けている。後頭部できっちり纏めたプラチナブロンドの長い髪と、濃金のつり目を縁取る銀の眼鏡が、彼女の印象をより鋭く見せていた。
それに一番驚いたのはアーティカだ。慌てて顔を上げ、涙を拭い、口を開く。
「ち、違うんです先生! ミアさんたちは、あたしのお願いを聞いてくださっただけで……」
「……お願い?」
怪訝そうな声と表情が降り注ぐなか、アーティカは事の顛末を説明した。
ミアたちが冒険者であること、街に立ち寄ったところを偶然見かけて声をかけたこと、出身地の村で行方不明となった友人について相談したこと、依頼料も払えなかったのに頼みを聞いてくれたこと。そして――友人の遺品を持ち帰ってくれたこと。泣いていたのは友人を喪ったためであり、ミアたちには何の咎もないこと。
一通りの説明を受けた女性は、肩の力を抜くとミアたちに向けて一礼した。
「失礼致しました。私はマギアルタリア魔術学園で教鞭を執っております、タレイアと申します。アーティカは私の生徒ですので、つい早とちりを……申し訳御座いません」
「いえ、お気になさらないで。それに、生徒の異変を見つけてすぐ駆けつけてくださるだなんて、いい先生だわ」
ミアの朗らかな答えに、アーティカもタレイアも安堵した表情になる。ミアの足元で丸くなって寝ていたルゥが、欠伸をひとつして頭を起こした。
「あなたは……フローラリアですね。外で噂になっていたようですが……」
「ごめんなさい。皆を騒がせるつもりはなかったのだけど……仲間が合流するまで、街にいないといけないの」
今更思い出したが、当座の宿も取っていない。
ヴァンがいたときは、彼が真っ先に街ですべきことを口にしてくれていたから、失念していた。彼に頼り切らずとも何とか出来ると証明するつもりが、真逆の事態である。
「どうしましょう……きっとこの騒ぎじゃ、何処のお宿に泊まっても迷惑をかけてしまうわ」
「ふむ……そうですね。ではこうしましょう」
タレイアはポンと手を叩くと、ミアに右手を差し伸べた。
「お仲間の方が到着されるまで、当学園に体験入学なさっては如何?」
「ええっ?」
驚きの声を上げて目を瞠るミアと、ミアほどではないにせよ目を丸くするクィン。ルゥはミアの声に驚いた様子で、鼻をぴすぴす動かして足元にすり寄っている。
「寮には空き部屋もありますし、お泊まり頂く分には問題ありません。……但し、女子寮に男性をお泊めするわけには参りませんので、それをご了承頂ければですが」
ヴァンと別行動になっただけでなく、クィンとも別れなければならないとなるとさすがに不安になったらしく、ミアがクィンを振り仰いだ。
「そうですね……王立学園の魔術は滅多に学べるものではありませんし、せっかくのご厚意です、ありがたくお言葉に甘えましょうか」
ふっと目を細めてミアを、そしてその先にいるルゥを見下ろして、クィンは続ける。
「ですが、その番犬も我々の旅の仲間ですので、ミア様と共にお泊め頂きたいのです」
「構いませんよ。当学園には精霊術師もおりますし、制約はありますが、魔獣や精霊と寝食を共にしている生徒もおりますので、問題は御座いません」
番犬という言葉に反応して、ルゥが起き上がった。そしてミアの足元にお座りをして胸を張り、タレイアを見上げて『わふん』と気の抜けた声で吼える。
「護衛の方も異論はなさそうですので、ご案内致します。アーティカさん、すみませんがアトラス先生を呼んできて頂けますか? 男子寮の案内をお願いしたいので」
「わかりました。じゃあ、早速行ってきます。ミアさん、またあとで」
校舎へ駆けていくアーティカと、それからクィンとも別れ、ミアはルゥと共にタレイアの案内でマギアルタリア魔術学園女子寮を訪ねることとなった。




