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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
伍幕◆亡き忠臣のための即興劇
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遺されたもの

 暴虐の風と悲嘆の荊が支配していた空間に、静寂が訪れる。

 倒れかけたミアをクィンが支え、ヴァンは溜息を吐いて武器をしまった。その横を冒険者たちの残骸へ向けて、一つの人影が飛び出した。アフティだ。


「あっ、おい!」


 ヴァンも慌ててあとを追い、無数の装備品の山からなにかを必死に探している彼の隣につく。

 遅れてミアを支えながらクィンも追いつき、王女がいた位置に落ちている種を拾った。皺が深く刻まれた、ひどく見窄らしい種だ。


「クィン……それが、今回の魔石なの?」

「そのようですね」


 答えながら、クィンは指先で種の殻を割った。

 一瞬とはいえ悍ましい姿を晒していたそれは、いとも呆気なく砕けて塵となり、どす黒い魔石の核を露わにした。そしてこれまでと違わず、魔石はクィンの手の中へと吸い込まれていく。


「あった……! やっぱり、あの人は此処に来てたんだ……」


 アフティの声音は、見つけたという喜びと、見つけてしまったという落胆が複雑に入り混じっていた。彼の手には戦闘の余波で行方がわからなくなっていた酒瓶と、古びた衣服がある。焦げ茶の上着に、汚れた灰色のパンツ。靴は見つからなかったのか、近くにはない。衣服も辛うじて原型がわかるかどうかといった状態で、袖や股下部分が無残に引き裂かれている。

 一見すると田舎の町人や労働者のありふれた普段着にも見えるが、アフティの目には間違いなく目当ての物とわかるなにかがあるのだろう。力なく手にしたまま、項垂れて動かない。

 然程熱心な冒険者には見えなかった彼が何故ローベリアにいたのか、ヴァンだけが知っている。しかし攫われたというが、何の目的で誘拐されたのかは知りようがない。残骸からわかることは、なにもない。


「そうだわ。わたしも探さないと……」

「此処に集められてたのは冒険者らしいが、近隣の町や村から集められたっていう子供はいったい何処にいるんだ?」


 チラとヴァンがたった一人残った兵士を振り返れば、彼は甲冑の奥で一行を見据えてから半身を引き、奥を示して案内する意図を見せた。

 アフティも含めた一行は、兵士の案内で地下へ潜ってくるときにも使った、不思議な動く部屋で数階層ほど上層へ上がっていく。

 辿り着いた先は最下層のホールとは違い、奥へと長く続いている広い通路のような部屋だった。通路の左右には、人ひとり収まる大きさの透明なケースがずらりと並んでいて、中には十代ほどの少年少女が眠るようにして安置されている。

 錬金機構の中枢たる王女が亡くなったいま、この機構も動きを止めているようだ。


「何だか、棺のように見えますね。この部屋からは命の気配がしません」

「棺って……それじゃあ……」


 咄嗟にミアが駆け出し、クィンが傍についた。

 一つ一つ、透明な棺を覗きながら進んでいく。手前のほうは何故か衣服だけが収められており、遺体は見当たらなかった。代わりに灰茶色の砂が詰まっていて、嫌な想像が過ぎる。

 やがてミアは、一つの棺に目を止めた。中で眠っているのは、アーティカと同じ赤毛の少女だ。けれど――――少女の下半身は、これまでの棺に収まっていた灰茶の砂に変じていた。

 思わず息を飲み、クィンに縋り付く。当たってほしくない嫌な予感ほど的中してしまう。灰茶の砂は、魔素や生命力を吸い尽くされた子供たちの成れの果てだったのだ。


「この子……年も同じくらいだし、見て。首に同じペンダントをしているわ」

「間違いないでしょうね。ですが、我々に出来るのは彼女の顛末をお伝えすることだけです」

「……わかっているわ。他の人たちもいるのに、一人だけ連れ出して終わりにも出来ないもの」


 ミアはせめてと兵士に棺の蓋を開けてもらい、ペンダントだけ取り出して懐にしまった。


「ごめんなさい、カトゥルナーダ。アーティカには必ず届けるわ」

「行きましょう。やるべきことはまだ残っています」


 クィンに頷き、ミアは棺に背を向けた。

 離れがたくはあるが、いつまでも地下で落ち込んでもいられない。

 一行は静謐な眠りの間をあとにすると、兵士の案内で数刻ぶりの地上に出た。共に降りたはずの十数名の冒険者も、兵士たちも、未だ地下深くにいる。

 アフティは叔父の遺品である酒瓶だけ抱えて出てきた。あれほど憎くて仕方なかった酒の残骸が唯一の形見になるなど、想像もしていなかっただろう。

 色々思うところはあれど、一先ずはローベリアへの道を戻ろうと、歩き出したときだった。


「そうだ、案内してくれた兵士さんは……」


 アフティの声で気付いた一行が、辺りを見回す。

 唯一残っていた兵士は、いつの間にやら機構都市遺跡入口扉の前に音もなく佇んでいた。一行が彼を見つめる中、彼はずっとかぶったままだった甲冑の兜を外すと深く一礼した。うなじで一つに結った長い金髪が、さらりと肩から落ちる。

 一行の目の前で、頭を下げた状態のまま、彼の姿が日の光にとけていく。初めから幻だったかのように。或いは、自身の居場所は其処にあるとでも言うかのように。


「……思い出した。あの甲冑、あれは騎士団長のもんだ。一兵卒が着られるようなもんじゃねえ。なんで忘れてたんだか」

「団長さんって、怪我をなさって幽閉されていた人よね。それじゃあ、ローベリアは、もう……」

「終わりだろうね」


 沈鬱なミアの呟きに、意外な声が答えた。

 顔を上げると、ローベリア城下町方面から魔獣馬車が近付いてきているのが見え、やがて馬車は一行の前で止まった。御者席のルゥと、窓から顔を覗かせているシエルを認めると、ミアの表情にようやく輝きが戻った。


「シエル、ルゥ! どうしたの?」

「ミアの詩が響いてきた辺りで魔獣くんが落ち着きを取り戻したから、わんこくんに馬車を任せて私は城を調べていたんだ。王女様の研究手記なんかも見つけたよ」

「研究手記?」


 シエルの手には、魔石と金で彩られた綺麗な本がある。鍵付きの日記帳にも見えるそれは、既にシエルによって解錠されていて、頁にはいくつか付箋がついている。


「ローベリアの悲劇は如何にして起こったか。ほぼ全てがこの手記に綴じられているよ」

「まあ、立ち話もなんだし、マギアルタリアへ戻りがてら話すか」


 其処でミアたちは、アフティを振り返った。


「アフティも一緒に如何かしら?」

「いえ。折角のお誘いですが、僕は此処で失礼します。その……僕、乗り物が苦手でして」


 恥ずかしそうに言うと、アフティは懐から分厚い本を取り出し「それに」と続ける。


「彼を探す最中に思ったんですが、どうも僕は一人旅のほうが気楽みたいなんです」


 寂しくはあるが、ミア自身の旅の目的を思えば同行を強要することなど出来るはずもない。

 引き留めたくなる気持ちを抑えて、ミアは精一杯の笑顔をアフティに向けた。


「わかったわ。それじゃあ……また何処かで会いましょう」

「はい。ミアさんたちも、道中お気をつけて」


 アフティと別れた一行は馬車に乗り込み、一路マギアルタリアを目指した。

 底知れない哀しみと空虚を抱えた、ローベリアに背を向けて。

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