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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
壱幕◆チュートリアルの森
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目的のために

 長身のヴァンと、それに並ぶクィンに比べ、ミアは胸の高さほどもない小柄な体躯をしている。当然歩幅も違えば歩く速度も違う。更に、悪路や山道に慣れているヴァンに対して、ミアは妖精郷以外の森を歩くこと自体が初めてとなる。クィンとヴァンも、普段よりはだいぶペースを落として歩いていたが、それでもミアにとっては早足に変わりなく。結局ミアは足を痛めて歩けなくなってしまっていた。


「ごめんなさい……わたし、足を引っ張ってばかりだわ」


 クィンに横抱きで抱えられながら、ミアはしゅんと俯いて謝罪の言葉を零した。躓き膝をついてしまってすぐにクィンがミアを抱え上げたのだが、膝を軽く擦りむいた上に疲労が重なって、足が前に進まなくなっていたのだ。抑も転ぶ少し前から、ミアの歩調は目に見えて落ちていた。それを知りながらも、自力で歩きたそうにしていたミアの意志を尊重した結果、怪我をさせてしまったというわけだ。


「お気になさらないでください。これから慣れれば良いのです」

「でも……」


 妖精王からミアを任されているクィンの胸中は穏やかではなく、ミアに気にするなと言う一方、彼自身は大いに気に病んでいた。


「そうだぜ、嬢ちゃん。寧ろ旅をする上で自分の限界を知ることも大事な能力だ。無理をしたっていいことなんざなんもありやしねえ。言ったろ。休息を上手に取るのも、冒険者の技能だってな。俺も他の連中も、そうやって失敗して冒険者になっていったんだ」


 ヴァンの言葉は、クィンにも向けられていた。先ほどから、無口と無表情に拍車が掛かっていることに気付いていない彼もまた、成長のきっかけを得たのだ。ということに気付いてくれれば、と思ったがゆえの、ヴァンの言葉だった。


「わたし……これから成長出来るのかしら」

「出来るさ。嬢ちゃんは足が痛いことを言えなかった。俺は嬢ちゃんが悪路に不慣れだって知っていたのに気付いてやれなかった。そこまでわかってりゃ、これからどうすればいいか考えることが出来るだろ」

「ええ……ええ、そうね。そうよね。……ごめんなさい。わたし、もう黙って耐えたりしないわ」

「いい子だ。んで、俺も自分と嬢ちゃんの違いに気をつける。これでおあいこだ」


 ヴァンがニッと笑って言うと、ミアも漸く微笑を零した。


 落ち込んでいたミアの気持ちが和らいだいま、唯一心中穏やかでないのは、クィンだ。焦りからクィンの歩調が早まっていることに横を歩くヴァンだけが気付いていたが、ヴァンの足なら余裕でついていけるため、敢えて黙っていた。

 街で出逢ってから数日程度の付き合いであるヴァンにもわかるほど、クィンはミアを護ることに執着している。そのこと自体はヴァンも否定する気はないが、だからこそ気付いてほしかった。


「もうすぐ第二広場だ。其処で一旦休憩するぞ」

「……ええ」


 横から帰ってきた生返事に肩を竦めつつ、辺りに気を巡らせる。が、その必要もないくらい森は静かで、二人分の足音しか聞こえない。

 魔物の気配も魔獣の気配もない穏やかな旅路は、どれくらいぶりだろうか。ギルディアの住民は北大森林を『教官の森』とも呼んでいる。その所以はこれまでの旅路でも見てきたとおり、整備が行き届いていることと、魔物と滅多に遭遇しないところから来ている。魔物は野生生物の勘がよく働く上に経験則で学んでいるため、馬車道を通るだけの人間は滅多なことでは襲わない。通行人を襲えば討伐隊が組まれ、住処が更に減ると知っているからだ。そして、森に入り込んできた人間がいたとしても、相手を見て襲いかかる。

 抑もヴァンのような経験値を積んだ冒険者は、授乳期の母の魔物にちょっかい出したのでもない限り、見向きもされない。


「よっし、着いたな。お疲れさん」


 第二広場は第一広場に比べると簡素で守りも薄いが、その分訪れた冒険者が野外でどう過ごすか自力で考える機会が与えられている。近くに泉もあり、テントを複数張るだけのスペースもある。いつぞやの冒険者が作ったと思しき、倒木を削って作ったベンチまで残されていて、第一広場とは趣が違うだけで、此処も充分整備されていた。


「失礼します、ミア様。おみ足の具合はいかがでしょう」

「ありがとう、クィン。わたしは大丈夫よ。あなたも充分休んで頂戴」


 クィンに降ろしてもらうと、ミアはしっかりと自分の足で立って見せた。膝には微かな擦り傷が残っているが、歩くのに支障が出るような傷ではない。足首を捻ったわけでもないため、この先は歩調さえ気をつければ問題なく中央広場まで行けそうだ。

 しかしクィンの表情は相変わらず冴えない。ミアは、彼がミアの心配をしているのも事実だが、それ以上に表情を曇らせる原因があることは察していた。しかしクィンがミアに対して弱音を吐くことは決してないため、それがなにかまではわからなかった。


「そうだ、嬢ちゃん。この先に泉があるから足洗ってくるといい。冷やせば少しは楽になんだろ。大した距離じゃねえし、叫ばなくても呼べば聞こえるから安心しな」

「泉……わかったわ。行ってくるわね」


 小走りで去って行く後ろ姿を横目で見送ると、ヴァンは手近な木の根に腰を下ろした。


「……で、アンタはいつまでそうしてるつもりだ?」


 睨み上げるようにして上目でクィンを見ると、クィンは精彩のない表情のままかろうじて視線を鋭くさせた。だがそれも、ヴァンにはそよ風ほども感じない、威嚇にもならない些細な抵抗でしかなく、バンディットと対峙したときに見た氷のような覇気にはほど遠かった。


「なあ、アンタの目的はなんだ? 何故嬢ちゃんと旅をしている?」

「私は……」


 クィンは、一度視線をヴァンから逸らして小道の奥へと投げ出した。その先では、ミアが小さな泉で水と戯れている。眩しそうに目を細めてミアを見つめてから、スッと表情を消してヴァンへと向き直る。


「私は、王よりの勅命で、ミア様をお守りするためお側にいます」

「わかってんじゃねえか」


 今更なにを、とクィンが思っていることすら見透かしている様子で、ヴァンが笑う。


「目的を見失うな。手段を見誤るな。アンタがどういうヤツか、会ったばかりでも何となくわかる程度にゃアンタはわかりやすい。嬢ちゃんが一等大事なら、それ以外を上手く利用してみせな」


 ヴァンの言葉に、クィンは目を瞠った。

 クィンはずっと、己の不出来を悔いていた。ミアの歩みが遅れ始めたとクィンが気付いた瞬間、ミアが地面に膝をついた。転んだ原因は、大したことのない小枝を踏んだことであった。クィンはそれを跨ぎ越し、その一瞬あとにミアが踏んでしまった。そのときになってクィンは、己とミアの体の作りが想像以上に違っていることを、上辺の理解ではなしに正しく実感したのだ。

 汚れたスカートを払い、大丈夫よと言って笑ったミアの表情に疲れが滲んでいることに気付いてすぐさま抱え上げたが、それ以降のクィンは内心「何故もっと早くこうしなかったのか」という、どうしようもない後悔ばかりが渦巻いていた。

 それをヴァンは見抜き、そして、クィンを叱咤した。しかも「ミアを護りたいというなら、この俺も上手く使って見せろ」とまで言って。


「……私の、目的のために……」


 低く呟くと、クィンは真っ直ぐ顔を上げた。その目には最早迷いも憂いも映っておらず、泉から駆け戻ってくるミアの晴れやかな姿だけを映していた。

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