意外な再会
時間まで部屋に閉じこもっているのも退屈だからと外に出てみれば、他の冒険者たちも城の中で好きに過ごしていた。ホールに行けば飲食物も充分に用意されており、娯楽室も開放されている。城の外に出られないことを除けば、冒険者に対するものにしては好待遇だ。ただ、城内を行き交う冒険者のうち、半数近いヒュメンの体に荊が巻き付いていることに目を瞑れば、だが。
ホールに並んでいる飲食物を確かめてみても、特に毒や薬が使われている形跡はない。娯楽室を利用したからといって、金を巻き上げられることもない。小規模な図書室も開放されており、本を好む冒険者はそちらを利用しているようだ。勿論、ローベリアにとって不都合な書物は別の場所に隠してあるのだろうが。それでも、いち冒険者が暇つぶしに利用するには充分な蔵書量だ。
種類別に分かれた書棚と、落ち着いた雰囲気の読書スペース。橙色のデスクライトは焔石でなく星屑石が使われているようで、光がとてもやわらかい。不穏な噂のない場所だったならゆっくりと読書に耽っていたいと思える、洗練された空間だ。
クィンとミアも、久しぶりに見上げるほどの書棚に囲まれて感嘆の息を漏らした。
「俺ァこういうのは肩が凝るんだが、それにしても凄ぇ量だな」
感心しつつ、荊を避けつつ室内を回っていると、書棚の影からひょこりと人影が覗いた。
「アンタは……」
「あっ、お久しぶりです。覚えていてくださったんですね」
分厚いハードカバーの本を胸に抱えながらお辞儀をするその人物は、いつぞや北大森林で酔った男を引きずっていった青年、アフティだった。アイボリーの髪は相変わらず綺麗に切り揃えられており、彼が動く度さらりと靡く。服装は魔道士のローブを纏っており、足下は革のブーツを履いている。斜めがけした鞄からは本と杖が覗いていることも含め、魔術師の基本的な装備のようだ。
「あんだけ大騒ぎされりゃ、な。で、あの元気な連れはどうしたんだ」
ヴァンが問うと、アフティは辺りを憚る素振りを見せてから図書室の外にヴァンを招き、小声で答えた。
「それが……数日前から姿が見えないんです……」
アフティ曰く、ローベリア領内のとある街で一泊したところ、翌朝には姿を消していたという。彼が酒を求めて出歩くのはいつものことだったため、最初は酒場にでも行っているのだと思って、すぐには探さなかったのだが。それが良くなかった。
「街で話を聞いても、皆さん様子がおかしいというか、余所余所しくて……なにかあるとしたら、此処なんじゃないかって……大きい声では言えませんけどね」
其処へ、図書室内を一周してきたミアたちが出てきて、ヴァンとアフティに気付いた。
「あなたは、北大森林にいた……」
「アフティです。お久しぶりです」
ミアたちに対して、ヴァンが「いなくなった連れを探してんだと」と簡単に説明すると、ミアが小さく息を飲んだ。ミアもまた、アフティと共にいた酔っ払いの男を思い浮かべたらしい。
「わたしたちも、人捜しをしているのよ。頼まれごとだから詳しくは言えないのだけれど……」
「第三者からの依頼でしたら、吹聴しないほうがいいですから。気にしないでください」
申し訳なさそうにミアが言うと、アフティは穏やかに笑いかけた。
それから、あっと声を上げて一行を見回した。ミアほどではないが、アフティも表情がくるくる変わる性格のようで、そのせいか単純な外見より少しばかり幼く見える。
「すみません、良ければお名前を教えて頂けますか? 折角のご縁ですし……」
「まあ。わたしったら、名乗ってもいなかったのね。ごめんなさい。わたしはミアよ」
「ヴァンだ。色々あって嬢ちゃんに同行してる」
「……クィンと申します」
それぞれの名前を受け取ると、アフティはうれしそうに微笑んだ。
「ずっと叔父……ああ、あの酔っ払って皆さんにご迷惑をお掛けした彼、僕の叔父なんですが……あの人と二人旅だったから、こんなに人と話したのは久しぶりで……」
「そうだったの……それじゃあアフティは、一人で参加金を?」
「ええ。少々骨は折れましたが、酒代に消えない分集めやすかったです」
冗談めかして言うと、アフティはぺこりとお辞儀をして本を抱え直した。
彼が持っている本の表紙には、古代文字で『浄化術の基本と応用』と書かれている。浄化術とは葬送術師が使う火流葬術を初めとする、魂の浄化を目的とした魔術だ。死したるものを魔素に還す術で、魔術の元となった魔法には存在しない概念だ。
「それじゃあ、僕はこれで。お互い、探し人が見つかるといいですね」
ミアに対して小さく手を振りながら去って行くアフティを見送った一行は、密かに息を吐いた。まさか本当に再会するとは思っていなかったことと、酔っ払い男のほうが攫われていたこと。一見温厚そうに見える青年が、一人で参加金百万ガルトを集めて此処にいる事実。
そして、ローベリア城下町のみならず、周辺の街でも良からぬ出来事が起きていること。
此処へ来る以前に、マギアルタリアで聞いた誘拐話の真実味が、増して感じられた。少なくともアーティカの友人とアフティの叔父は、行方をくらましているのだから。
「機構都市遺跡の探索……何事もなく、とはいかねえだろうなァ……」
溜息交じりのヴァンの言葉は、広い廊下に溶けて消えた。