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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
伍幕◆亡き忠臣のための即興劇
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闇色の荊

 ローベリアの街は、煙る闇に閉ざされていた。

 普段であれば旅人や住民で賑わっているであろう大通りも、商店通りも、一切人の気配がない。家の中で息を潜めているのか、或いはローベリア王家によって招集されているのか。いずれにせよ街として死んでしまっていると言っても過言ではない有様だ。

 ローベリア城が見えてきた頃。見張りの兵士が槍を手に、一行に近付いてきた。


「冒険者だな。参加金は持ってきただろうな」


 開口一番金の話をされたことでヴァンは僅かに眉根を寄せるが、抑えてクィンに目配せをした。クィンが一歩進み出て、空食み魔花の鞄を見せる。


「此方に、三人分あります」

「其処の天秤に金を出せ」


 其処の、と兵士が言ったとき顎をしゃくったほうを見れば、大きな錬金天秤があった。

 片側に比較となる錘などを乗せなくとも、内部機構で重量や魔力量を量ることが出来る天秤で、金属や鉱石など重量のあるものを量るのに使われているものだ。

 クィンがガルト金貨を人数分乗せると、天秤の中央に飾られている魔石が淡く輝いた。


「……確かに。採掘日まで三日ある。それまでは城で過ごすように」

「案内する。ついてこい」


 兵士の一人が先行し、ミアたちはそのあとに続く形で城内へと入っていく。

 扉をくぐると、それまで兵士以外人の気配がしなかったのが嘘のように、城内が雑多な賑わいで満ちていた。各地から集まった冒険者が思い思いに過ごしており、その中の一部が新たな参加者であるミアたちへ、好奇に満ちた視線を寄越す。

 探るような視線が突き刺さる中を進んで行き、一行は上階にある簡素な一室へ通された。其処はベッドが二つ並んであるだけで、これといった設備もなく、窓には板が打ち付けられている。扉の内側を見ても内鍵がなく、外からしか開け閉めできない作りのようだ。

 これではまるで、囚人を捕えておく部屋だと思ったが、誰も口にはしなかった。


「……さすがに鍵はかけられなかったか」


 兵士の気配が遠ざかったところで、ヴァンが静かに息を吐く。これまで通ってきた通路にあった扉とその間隔を見るに、冒険者に与えられている部屋はどれも似たようなものなのだろう。中には室内から談笑する声が漏れている部屋もあった。

 室内をぐるりと見て、ミアが小声で二人を呼んだ。


「クィン、ヴァン、そちらのベッドは使わないほうがいいわ」


 そう囁くミアの視線は、窓際のベッドを捕えている。ヴァンの目にはどちらのベッドも大差なく映っているが、ミアはなにか恐ろしいものを見ているかのようだ。


「ここまでで見かけた冒険者さんの中に、棘に侵蝕されている人が何人かいたの。皆ヒュメンで、棘には気付いていないようだったわ」

「棘ってのは、城に巻き付いてた荊のことか?」


 ヴァンの問いに、ミアは不安を色濃く映した顔で頷く。

 いつもなら話す相手の目を見て、表情を輝かせて話すミアが、窓際から頑なに視線を外さない。まるで目を逸らした瞬間襲ってくるとでも思っているかのように。


「街を覆っている黒い闇が固まって形になったような、そんな気配がするの。お城と同じように、冒険者さんの体に絡みついているのが見えて……その人たちがわたしたちを目で追っていたわ」


 春を寿ぐ小鳥のような愛らしい声はすっかり沈みきり、憐れみを誘うかの如く震えている。幼い手をそっと握りながら傍らに寄り添うクィンに、ミアは縋るようにすり寄った。


「何だか嫌な予感がするわ。ピエリスのとき以上の欠片が隠れているのかも……」


 ピエリス。港町アクティアファロスでの異変を引き起こした、バードの女性の名だ。

 彼女は歌を愛し、歌に囚われ、そして魔石に取り憑かれた結果、歌を忘れてしまった。あのとき彼女を変異させた魔石は、エレミア王子のエレオスに取り憑いたものより少し大きな欠片だった。更に嫉妬を抑えることをしなかったピエリスは、理性で魔石の侵蝕を抑えていたエレオスと違い、取り憑かれてからあっという間に飲まれてしまった。

 この街で起きている異変は、それ以上に根深く恐ろしいとミアは語る。


「あ……そうだわ。もしかしたら……ねえ、クィン。いいかしら?」

「……そうですね。此処にいるあいだだけでも、自衛手段はあったほうがいいでしょう」


 主従の会話を不思議そうに見守っていたヴァンの目の前で、突然ミアが自らの花翼から白い花を一輪、ぷつりと摘み取った。フローラリアの花は、ただの装飾ではなく体の一部であるはず。その花を千切ってしまっていいのかとヴァンが見つめていると、眼前に差し出された。


「あのね、これを薬草と思って食べてほしいの」

「は……? これをか?」


 ミアはこくりと頷き、じっとヴァンを窺っている。クィンを見ても平生と変わらず、涼しい顔で佇んでいるのみ。少なくともこの二人が、ヴァンに食べられないものをわざと薦めてからかうとは思えない。ならばと受け取り、手折られた花を見る。こうして一輪だけ見れば、その辺に自生する花と何ら変わりない。


「……まあ、なんか意味があるってんなら……」


 訝りつつも、ミアの花を口に放り込む。

 薬草自体は、何度か口にしてきた。暫く舌が痺れてなにを食べても苦くて仕方なくなったひどいものや無味のもの、繊維が固すぎて本当にかじって使うのかわからないものなど、様々あった。

 だがこの花は、いままで使ってきたどの薬草とも違った。奥歯でかみしめた瞬間広がる、花蜜の香り。とろりと舌に触れる優しい甘さに、やわらかな歯触り。飲み下せば、蜜の甘さが嘘のように微かな残り香だけを漂わせて、ふわりと消えていった。

 まるでミアの喜びにあわせて花翼から放たれる、華やかな芳香のように。


「食ったけど、これでなにか……」


 変わるのか。と続くはずだった言葉は、喉奥に消えた。

 何故なら問うまでもなく、明らかな変化が現れていたからだ。


「これは……荊か?」

「良かった、見えるようになったのね」


 信じられないといった表情で、ヴァンは室内を見回す。部屋の窓際には、刺青のように黒い荊が張り付き、その先端は窓際のベッド脇にまで迫っている。


「一時的にだけれど、わたしの魔素をヴァンに宿してみたの。上手く行って良かったわ」


 ふわふわと花の香りを漂わせて微笑むミアと、安堵した表情のクィン。彼らが案じていたのは、ヴァンがヒュメンであるがゆえに、魔素酔いを起こす可能性があったことだろう。確かに、ただのヒュメンだったなら、魔素酔いを起こして折角の花を吐き戻していた可能性もある。


「……まあ、なんだ」


 隠し事をしていることに罪悪感はあるものの、まだ伝える気になれないヴァンは、薄く笑って、


「嬢ちゃんの魔素は優しいからな。人間()相手でも問題を起こさなかったんだろ」


 そう言って、全てを飲み込んだ。

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