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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
伍幕◆亡き忠臣のための即興劇
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不穏な眼差し

 ローベリアへ向かう魔獣馬車の中、一行は今後の行動について話し合っていた。

 マギアルタリアから錬金王国ローベリアへ向かうには、城塞都市国家アフティカとを繋ぐ街道を北上し、ガラクタ都市ソムニアとのあいだを抜けていく必要がある。しかし、アフティカを抜けた先に伸びるローベリア行きの街道は、嘗てローベリアがエルフの森を切り開いて作った場所であるため、エルフ族の監視が厳しい。僅かでも道を逸れて森に入り込もうものなら、エルフ族の手厚い歓迎を受けることになるだろう。

 そんな話をシエルから聞いたミアたちは、複雑な表情でシエルを見た。これから、故郷を潰した国を訪れようとしている。彼の心境は如何ばかりか。


「まあ、そうなったら、私が彼らを説得してみるよ」


 ミアたちの案ずる表情をどう捕らえたのか。シエルはおっとり微笑った。


「大丈夫なのか? 身内とはあんまし揉めたくねえだろ」

「何とかなると思うよ。頭の固い年寄り連中は、滅多に外には出てこないしね」


 青く葉を茂らせた若木の如き瑞々しい美しさを湛えた微笑で、嫋やかな甘い声音に相応しくない毒を吐く。長い金色の睫毛を伏せて、シエルは静かに続けた。


「ローベリアも故郷も、私はあまり好きじゃないんだ。だから故郷を飛び出して、吟遊詩人なんてやっていたんだけどね。でも……」


 シエルは顔を上げ、窓の外へと視線を逃がした。

 風の魔石を思わせる鮮やかな翠色の瞳は、過去に置いてきた故郷とそれを脅かした国、どちらを捕らえているのだろうか。


「逃げ続けるのにも、限界かなと思い始めているんだ」

「……無理は、していないのよね……?」

「うん。大丈夫だよ。ありがとう、ミア」


 それよりと、シエルは話を変えるようにヴァンへと向き直る。


「ローベリアってどんな国なのかな? 彼らの横暴のことは知っているけれど、国自体については殆ど知らなくて」

「ローベリアなァ……錬金王国ってくらいだから、王制の国なのはまあ、見ての通りだな」


 曰く。現在のローベリアには、とても美しい王女がいたという。

 彼の国には勿体ないほどの才媛で、魔術にも錬金術にも長けており、治世の才もあった。だが、ローベリアは王制国家。どれほど才に恵まれようとも、彼女は国王にはなれない。いずれ名のある貴族に嫁いで、国に仕える立場となることは確定していた。


「……はずなんだが。ここんとこ、不気味なほど王女の話題が外に出てこねェ。代わりにあの国はヤバい実験をしてるだとか、魔骸を飼ってるだとか、そんな話で持ちきりだ」

「私たちがあの国を目指すきっかけになったのも、その不穏な噂だものね」

「そうなんだよ。まるで冒険者に向けて餌を撒いてるみてえなんだよな……ま、参加金なんてのを設定してまで招いてんだから、なんかあるのは確実だろうが」

「そうだね」


 ヴァンとシエルの会話を聞いて、ミアは一人考え込んだ。

 これまで訪れてきた国や街でも、主に権力者の周辺で不穏な動きがあった。

 エレミアでは、第六王子が街の宿屋の娘に抱いた仄かな恋心を歪められた。港町では、街一番のバードの女性が歌を愛する心を歪められた。剣闘士の街では、花形闘士の兄弟が利用された。

 災厄の魔石は、覚醒のときまで鳴りを潜める性質がある。代わりに、禍を振りまく段階になると暴風のように周囲を巻き込んで破壊する。ならば、王国なら王族関係者、港町なら有名人などの、その場で影響力のある人物が狙われるのではないだろうか。

 勿論、数少ない事例で決めつけることは出来ない。だが今回は、目に見えて王女に異変が起きている。存在ごと消えたかのように人の口に上らなくなるという、不自然な異変が。


「ねえ、ヴァン。王女様のお話が消える前……なにか、兆しはなかったかしら?」

「兆し? 俺もそこまで詳しくはねえが、なんかあんのか?」

「ええ……ちょっと気になっていることがあるの」


 ミアは「見当違いかも知れないけれど」と前置いてから、自身の考えを皆に話した。

 もしローベリアに魔石が紛れ込んでいて、国内の誰かを選んでいるとしたら。一番可能性が高い人物は、唐突に存在感が消えた王女ではないか。


「……確かにな。だとしたら、王女はなにを願って取り憑かれて、なにしてんだって話だが」

「其処は、懐に潜り込んでみないことにはわからないでしょうね。技術の輸出を拒み、他国の神や信仰を踏み躙るような国です。易々と外部に機密は漏らさないでしょう」


 静かに落とされたクィンの言葉に、誰もが言葉無く同意する。


「兆し……ってほどのことかはわからんが、騎士団長が団員を庇って怪我をしたって話は城下町に流れてたな。魔獣討伐のはずが魔骸に遭遇したとかで、殿に残って団員を逃がしたんだと」

「なるほど。関係あるかはわかりませんが、覚えておきましょう」


 少しずつ、件の街が近付いてくる。左手にエルフの森、右手に迷いの森を望む街道は広く、余程ものを知らない輩でない限り、どちらの森にも近付くことはない。一行も決して街道を逸れることなく進んでいたが、ふと御者をしていたルゥが馬車の中に声をかけた。


「たくさん、見てるひとがいる。どうする? 止まるか?」


 それを受けて、まずシエルが周囲に気を張り巡らせた。エルフの気配は誰よりもわかっている。感じ取った視線の気配は間違いなく、エルフのものだった。殺意や害意ではないが、此方をじっと探っているような、絡みつく糸のような視線だ。


「止まらなくていいよ。用事があるなら向こうから声をかけるべきだし、それに私たちは、仮とはいえお嬢さんの依頼を抱えているのだから、寄り道は避けてローベリアに向かおう」

「わかった」


 ルゥが改めて魔獣に指示を出し、一行を乗せた馬車は街道を行く。

 その後ろ姿を、無数の視線が深い森の中からいつまでも見つめていた。

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