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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
伍幕◆亡き忠臣のための即興劇
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新たな街の小さな出逢い

 剣闘士の街アンフィテアトラを出て一行が向かったのは、魔導帝国マギアルタリア。

 優秀な魔術師を多く輩出している国で、種族や身分を問わず門戸を開いている、国立魔術学園があることでも知られている大国だ。尖塔が連なる銀灰色の城や、石畳が敷かれた賑やかな街並み。特徴的なローブを纏った人々が行き交う通りや、魔石を用いた装飾品が並ぶ店など、魔術が盛んな街らしい華やかさと活気に満ちた街だ。

 港町に戻らなかったのは、ただ単にマギアルタリアのほうがローベリアに近いことと、目新しい情報を得るには新しい街に降りたほうがいいとヴァンが判断したためだ。

 魔術が盛んなだけあって、マギアルタリアにはヒュメン以外にも魔法種族が多く暮らしている。翼人やリュカント、エルフは勿論のこと、鉱石を売りに来た地底種族、ドゥーマーの姿もある。

 しかしこれほど多種多様な種族が行き交う魔導帝国城下町でさえ、フローラリアだけはミア以外一人も見当たらない。それゆえか、時折通りすがる人々が物珍しそうな視線を一向に投げかけては小さく囁き合う様子が見られた。


「此処も、他と同じくらい賑やかな街ね。魔石の装飾も綺麗だわ」


 珍獣を見るような視線にも構わず、ミアは辺りを興味深そうに見回した。魔石の店、魔術道具の店、魔術用ローブ専門店に、アクセサリの加工屋。冒険者のみならず、街の住民も頻繁に買い物をしているようで、何処も賑わっている。


「何だか、同じ服を着た人がたくさんいるみたい。街の流行なのかしら?」


 大路を行き交う人の中に、目立って同じローブを着た人がいる。人種も年齢も関係なく、臙脂のローブを翻して歩いているのが気になって、思わず目で追ってしまった。


「あの大きな建物の周りに集まっているのね。なにかしら……」


 見慣れない街の風景にミアが不思議そうに呟くと、近くを通りかかった二人組の少女が、ミアを目に留めて駆け寄ってきた。片方は金の巻き毛をボブカットにした雀斑の少女。もう片方は赤毛を長く伸ばしてポニーテールにしている褐色肌の少女だ。


「ねえあなた、フローラリアよね? 凄いわ! 実在したなんて!」

「そんな言い方、失礼だわ。……御免遊ばせ。私たちは魔術学園に通う生徒ですの。私たちと同じ服を着ている人が多いのは、これが学園の制服だからですわ」


 そう言うと、巻き毛の少女がその場でくるりと一回転して見せてから、ローブを摘まんで優雅にお辞儀をした。彼女らが制服と呼んでいるものは臙脂色のローブで、脹脛の中ほどくらいの長さがある。襟は白く、大きな逆三角形をしており、首元には金のリボンが結ばれている。背中側の襟は大きなスクエア型で、両の角に学章らしき紋様が金糸で刺繍されている。


「もしかしてあなた方、冒険者さんですの? これからどちらへ?」

「ええと、ローベリアへ行こうと思うの」


 ミアが答えると、少女たちは表情を強ばらせて顔を見合わせた。

 そして暫くヒソヒソと囁きあってから、ミアの傍にいるクィンたちを窺いつつ、ミアに向かって小声で語りかけた。その様子は辺りを憚っているだけでなく、なにかに怯えているようにも見え、クィンたちは僅かに眉根を寄せた。


「冒険者さんにこんなことを言うべきではないのでしょうけれど、気をつけてくださいましね」

「あまり異国のことを悪く言いたくはないんだけど……あの国は、最近様子がおかしいの」


 赤毛の少女は、なにか痛みを耐えるような表情でミアを見つめる。


「あたしはローベリアの外れにある村の出身なんだけど、数年前から魔術適性の高い子供を攫って錬金術の実験台にしているなんて噂があったの」


 赤毛の少女曰く。

 故郷で初めてその噂を聞いたときは、田舎特有の新しいものに対する忌避感から出た、根も葉もない悪評だと思っていた。だが、ある日友人が星降りの山の麓へ魔石を採りに行ったきり戻らなくなったことを期に、ローベリア王家にはなにかあるのではと思うようになったという。

 彼女の両親は娘を護るため、留学という形でマギアルタリアの魔術学園に入学させた。全ては、不穏な陰のある故郷から身を守るため。自国の人間なら多少は誤魔化せたとしても、他国から人が消えては国際問題になるからそうそう手出しはされないだろうと、少ない金をかき集めて逃がしてくれたのだ。


「あの……もし良かったらなんだけど、あたしの友達を見つけたら教えてくれませんか?」


 赤毛の少女は怖ず怖ずと言いながら、懐から銀のペンダントを取り出した。中に肖像画や写真を入れておける形になっているもので、彼女とその友人と思しき少女が描かれている。


「あたし、冒険者さんに渡せるようなものって持ってなくて……これで良ければお持ちください。純正のミトス銀なので、写真を外せば普通に売れると思います」

「えっ、そんな……!」


 恐らくは大事なものだろうペンダントを差し出され、ミアは慌てて両手で押し返した。


「受け取れないわ。大切なお友達との宝物なのでしょう?」

「確かに、友人とお揃いで買ったものですけど……でも、個人的なことをお願いするのに、なにも出さないなんて……」


 赤毛の少女の隣では、巻き毛の少女が心配そうに見守っている。

 ミアと少女とのあいだで押し問答になりかけたとき、ヴァンがミアの隣に立った。見上げるほど背の高い、いかにも冒険者然とした男が近付いてきたためか、少女たちは一瞬体を強ばらせた。


「悪いが、ソイツは受け取れねえ」

「そうですよね……すみません。ギルドを通して正式な依頼も出せないのに、無理を言って……」


 ペンダントを胸に抱き、赤毛の少女は俯いてしまった。

 だがヴァンは、後頭部を掻きながら鷹揚に続ける。


「ついでに見てくるだけで報酬なんてもらってたら、冒険者の名に傷がつくってもんだろ」


 一瞬の間を置いて、二人の少女は弾かれたように顔を上げた。ヴァンの隣ではミアも少女たちと同じような表情をしており、ヴァンは照れ隠しにミアの頭上に手を置いた。


「その代わり、いい結果は期待すんなよ。相手はあのローベリアだ」

「はい……っ……ありがとうございます……!」


 赤毛の少女は目尻に涙を浮かべ、深く深くお辞儀をした。隣では、巻き毛の少女が宥めるように泣いて震える友人の肩を抱いている。


 別れ際、ミアは「そうだわ」と言いながら、ポンと手を合わせた。


「あなたたちのお名前を教えてくれないかしら? お友達に会えたときに、お名前くらいは知っていたほうがいいでしょう?」


 そう言われて名乗っていなかったことに気付いた少女たちは、慌てて居住まいを正した。


「私は、ジェルヴェラ・シルヴェルティーヌと申しますわ」

「あたしはアーティカ・アル=マディーナです。友人からはアーティって呼ばれてました。あと、友人の名前はカトゥルナーダ、ナダって呼んでました」

「ありがとう。調査が終わったら、また会いましょうね」


 クィンに手を引かれながら、ミアは少女たちに手を振った。

 ジェルヴェラとアーティカは深々と頭を下げ、一行の姿が見えなくなるまで見送っていた。


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