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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
肆幕◆哀しき獣の月葬歌
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いつか還る場所

 夜空には星が瞬き、街には昼に劣らぬ喧騒が広がる頃。

 ミアたちはノエに呼び出され、街外れの広場を訪れていた。

 広場の中央には台座のように組まれた薪と、山のような花。そしてその中心に眠る、双頭の幼い魔獣。


「ルゥ……」


 何と声をかけるべきか見つけ倦ねたミアが、此方に背中を向けて佇む人影の名前をただ呟くと、灰色の長い髪が揺れてミアたちを振り返った。


「ミア! きてくれたのか!」


 声を弾ませてミアの名を呼ぶルゥだが、無理矢理笑みを作った頬には涙の痕が残っている。胸が軋む想いだが、いま一番苦しんでいるのはルゥだからと、ミアは泣きたくなるのを堪えてふわりと微笑んで見せた。


「ええ、ノエさんに呼ばれて。……ねえルゥ、これは」

「火流葬ですよ」


 横からの声に視線をやれば、ノエとニア、それから初めて見る魔導ローブを纏った人物がいた。不思議そうなミアの表情を受け、ノエが「葬送術師の方です」と簡潔に紹介した。


「エキシビションで死亡した魔獣は皆、火流葬で魔素に還します。魂だけでなく、肉体も、勝手にお借りしたのですから、世界に還すまできっちり行うのです」


 ノエの説明を受けて、葬送術師が一歩前に進み出た。

 彼は白のローブに身を包み、長い髪を背中で一纏めにした、若い翼人の男性だ。背中には大きな翼が生えており、手には赤い魔石がはめ込まれた杖を持っている。橙色の瞳は夜闇の中でも輝きを放っていて、鋭い虹彩が真っ直ぐに眠る魔獣を捕らえている。


 人も魔獣も、死後は魔素に還る。

 土地によって葬送の手段は異なるが、魔獣を火流葬にする地域は、世界中を探してもこの街だけだろう。冒険者が魔獣や魔物を倒した際は必要な部位を剥ぎ取り、その他は捨て置くのが普通で、街の近くで討伐した場合は、バラバラにして廃棄物を処理する竈で焼き尽くすか、人里離れた森の奥などに埋葬する地域が多い。

 ヒュメンの死者を弔うためにある葬送術師を招いて魔素に還すなど、滅多にないことだ。


「この街は、命の上に娯楽が成り立っていますので」


 ノエは痛ましさを隠さず声に乗せ、まるで贖いのように、胸に手を当てて魔獣を見上げた。

 自らの意思で命をかけた冒険者とは違い、魔獣たちは捕らえられて改造された、謂わば被害者の立場だ。街を荒らしたわけでも、人を襲ったわけでもなく、ただ其処にいたというだけで見世物に使われた命。

 だからといって、今更お綺麗なお題目を掲げてエキシビションを終わらせることは出来ない。

 災厄の魔石による被害と、行き場のない熱、やり場を失った怒りと嘆きの受け皿であるために、アンフィテアトラは正しく蛮族の街であり続けなければならないのだから。


「さあ、お願いします」

「はい」


 葬送術師が杖を翳すと、魔獣の上に魔法陣が現れた。

 小鳥の歌声にも似た詠唱が、夜風にとけていく。やがて魔法陣が赤く発光すると離れたところにいるミアたちにも伝わるほどの熱を帯び、瞬きの間に炎へと変じた。

 炎が夜を照らす。遠い喧騒をかき消すような静けさを伴って。

 誰かが息を飲む気配がした。ルゥの頬にひとすじの光が伝う。ミアの花翼が風に煽られ、仄かな香りを纏って花弁が舞い散り、送られる幼子へと寄り添うように葬送の炎へと飛び込んだ。

 花弁が火の粉と共に舞い上がり、薪は瞬時に灰となる。赤々と燃える炎の奥で魔獣の体が徐々に形を失っていき、雪が舞うように、星が瞬くように、ひらひらと踊りながら空に昇っていった。

 誰もが声も立てずにじっと見守り、やがてひとひらの灰がふわりとルゥの肩に触れてから空へと昇っていくのを見送ると、葬送術師が静かに「無事、送られました」と呟いた。


「……皆、ありがとう。兄弟のこと、送ってくれて」


 暫し炎が昇っていった空を見上げていたルゥが、ミアたちに向き直って力なく微笑んだ。


「ミア。おれ、ミアたちと、いっしょに行きたい」

「わたしたちと……?」


 ミアは一度ルゥを見上げてから、ノエのほうを見た。彼はルゥのオーナーではないが、それでもこの街の限られた権力者の一人であることに変わりはない。

 花形闘士だったルゥを連れ出しても構わないのかと窺えば、ノエはにんまり笑って頷いた。


「元より我々は、ルゥの意思に任せるつもりでおりましたので。よろしければ連れて行ってやってください。きっと役立ちますよ」


 ミアがクィン、ヴァン、シエルへと順に視線をやると、彼らも同様に頷いた。旅の仲間が増えることに異論はない。いままではクィンがヴァンと共に苦手な前戦を張っていたが、ルゥがクィンの位置に入ってくれれば、クィンはより戦いやすくなることだろう。

 元よりクィンは、中近距離を得意としていた。インファイターの補佐に向いた魔法剣士なのだ。完全に補助魔法と回復役にしかなれないシエルと、詩を途切れさせてはならないミアを護るのは、若干の不安が出てきた頃だった。


「ルゥ。大変な旅になると思うけれど、あなたがいてくれたらとても心強いわ」

「ありがと、ミア。ヴァンと、クィンと、シエルも。ありがと。おれ、がんばる」


 真っ直ぐ駆け寄って抱きついたミアを、ルゥは僅かも蹌踉けずに受け止めた。そのときの顔は、もう寂しげな微笑ではなく。彼本来の天真爛漫さを取り戻した自然な笑顔になっていた。



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