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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
肆幕◆哀しき獣の月葬歌
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報酬に次ぐ報酬

 さて。と、ノエが空気を変えるように手を叩いた。


「ルゥが戻ったなら丁度良いですね、皆様にエキシビションの報酬をお支払い致しましょう」


 思わぬ言葉に、四人は一斉にノエを見上げた。

 エキシビションの報報酬は主催から支払われるものだと聞いていた。そしてその主催はヴァンが綺麗にぶっ飛ばしてしまったのだから、支払われる見込みは全くないと思っていたのだ。


「あんなことしたのに、もらっていいのか?」

「その『あんなこと』の分も上乗せしてありますよ」


 まさかの返答に、あんなことの当事者であるヴァンが一番驚いた顔をした。言動からノエとあのオーナーとはそりが合わないだろうとは思っていたが、ぶっ飛ばし手当を出すほどだとは。


「まず、此処に五百万ガルトと魔石があります。エルフの郷などで採れるものと比べれば多少質は劣りますが、魔術補助の装飾品とするには充分なものをご用意しました」


 ノエの言葉に合わせて、使用人たちが一斉に宝飾箱を開いた。

 中には、目も眩まんばかりの金貨と魔石が誇張なくぎっしりと詰まっていて、一行は呆けた顔を晒してしまった。


「此方は我々が皆様の馬車に積載しておきます。それから……」

「えっ、まだあるの……?」


 世界交易ガルト金貨と上質な魔石だけでも、冒険者への報酬としては充分過ぎるほどだ。しかも五百万ガルトとなれば、此処で集中して稼ぐとしても何日かかるか知れたものではない額である。

 思わず聞き返したミアに、ノエは「勿論です」と笑いかけた。


「そして此方が、当家からの個人的な感謝の印です」


 その言葉と共に差し出されたものは、大粒の魔石がいくつも使われた髪飾だった。王家の姫君や貴族令嬢などの高貴な女性が身につけるものと遜色ない、見事な意匠だ。薔薇のような大粒の紅い魔石は中に小さな花を閉じ込めたような加工がされ、それを取り巻く白い小粒の魔石の鎖は花弁に纏う朝露のように煌めいている。髪が揺れる度、魔石の花がしゃらしゃらと歌うような気さえする繊細な作りは、見事の一言に尽きる。


「ヴァンもこんなに可愛いものを身につけるようになったのね」

「んぇ!? いや、違えだろ!……違うよな!?」


 ミアが目を輝かせてヴァンを見上げると、ヴァンは縋るような目をノエに向けた。ノエはそんな二人の様子を可笑しそうに眺めて「どちらでも」と言ってから、改めて口を開いた。


「と言いたいところではありますが、此方はミア様への贈り物のつもりでした。詩魔法の姫君への贈り物には相応のものでなくてはなりませんから」

「わたし? でも、わたしはなにも……」

「なにもしていない、とは仰らないでください」


 先回りで台詞を封じられ、ミアは反射的に言葉を飲み込んだ。

 丸く磨かれた宝玉の如きミアの瞳が、ノエの特徴的な細い目を見つめる。


「あなたにとっては歌っただけかも知れませんが、詩魔法は誰にでも出来ることではありません。そして、その奇跡に救われた人がいる以上、あなたはあなたの行いを卑下することは許されないのですよ」


 ノエの言葉は、ミアの胸に深く突き刺さった。

 なにもしていない。大したことではない。謙虚に見えて、傲慢な言葉だ。

 特に、その「大したことではない」行いに救われた者にとっては。はっきりと言われるまで気がつかなかったなんて恥ずかしい。


「……そうね。それなら、ありがたく受け取るわ」

「ご理解頂けて恐縮です。ヴァン様には此方を。私個人からの『あんなこと』へのお礼です」


 大仰な箱に入っていたのは、魔獣の革と魔花の糸を使って作られた手首用の防具だった。手首と手の甲を覆う形をしており、しっかりした作りなのに手の動きを阻害しない、良質なものだ。

 軽く装着してみたところ、ヴァンの手に良く馴染んだ。


「リストガード? 随分上等な素材使ってんな、これ」

「拳闘士部門の対上級闘士勝者への褒賞と同じものですので」

「マジかよ……」


 素材だけではない。わざわざ既製品に手を加え、ヴァンの手の大きさや癖に合わせてある。彼と出会って然程日にちが経っていないにも拘らず、これほどのものを用意出来るとは。

 さすがはアンフィテアトラ花形の一角、クィーン階級のオーナーだ。


「短剣使いならあって損はないでしょう? いざというとき殴れますし」

「……あんなことはそうそうあるもんじゃねえだろ」


 あのとき振り抜いた左手を見つめながら、複雑そうに眉を寄せる。思わず言葉通りぶっ飛ばしてしまったが、あのあとどうなったかは恐ろしくて聞く気になれない。

 更にクィンには防護魔法を編み込んだジャケットが、シエルには金鎖のペンダントが贈られた。クィンのジャケットは、元々着ていた服を修復するついでに魔法を組み込んだもので、新品でないことを謝罪されたが、これ以上無い贈り物だった。


「奏石のペンダントかぁ……これって買うと高いんだよねえ」

「人里ではどうしても手に入りにくいですからね」

「奏石は綺麗な森や平原でしか採れないから、いまは殆ど入手不可能と思っていい代物だよ」


 感心したように呟きながら、シエルはペンダントを目の前に翳して見た。爽やかな風が固まって出来る純粋な奏石は、ヒュメンが住処を増やし、市街の開発が進んでいるいまとなってはかなりの稀少品だ。

 エレミアの認定吟遊詩人の証であるペンダントにも小さな奏石が使われており、持ち主の音属性魔法を増幅する力があるのだが、これはそのペンダントとほぼ同じ効果が得られるものだ。


「こんなにもらってしまっていいのかしら」

「勿論です。それほどまでに、魔骸の脅威は世界を蝕んでいるのですよ」


 ノエの言い様は、今回以前にもっと重大な被害を目にした人の重さを孕んでいて、遠慮していたミアもそれ以上はなにも言えなかった。

 ならばせめて、多大な感謝に報いるよう、今後の旅もしっかりと務めよう。煌めく繊細な髪飾を手に、ミアは決意を新たにした。


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