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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
肆幕◆哀しき獣の月葬歌
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暗躍する悪意

 宿に戻った一行は、一日の対戦表を開いてみた。

 全ての闘技場の対戦予定が一覧で確認出来るもので、その中にオーナーの男が言っていた拳闘場主催のエキシビションマッチも載っていた。さすがに今し方の出来事なためか、エキシビションの内容は更新されていないようで、ルゥの名前が未だ掲載されている。


「これか。人工魔獣と獣人のエキシビション」


 青白いホロモニターに、ルゥの名前と顔写真、そして大袈裟に巨大な影だけが映し出された対戦相手の情報が載っている。其方には『錬金術の極意を用いて生み出した超魔獣』と書かれており、どうやら人工魔獣のようだ。


「前売りはそこそこ売れているみたいだね。ただ、ルゥくんの試合が見たくて買った人は払い戻ししそうだけれど……」

「あのがめつそうなオーナーがそれを許すかね」


 ヴァンの言葉に、無理そうだな、と全員の心が一つになった。


「人工魔獣とありますが、此処では当たり前なのですか?」

「戦いに耐えうる個体を野生で捕まえるよりは作ったほうが楽だからな。見世物用の人工生命だと思えば憐れだが……それを俺らがどうこうすることは出来ねえよ」


 冒険者に依頼して捕獲した弱い魔獣に、制御術式と濃縮魔素を打ち込んで作成する、人工魔獣。現在は研究目的でのみ許された錬金術の領分だが、嘗ては戦争に利用された技術だ。その技術が、此処では見世物として使われている。


「……何だか、嫌な予感がするわ」


 ぽつりと、ミアが呟いた。

 小鳥が歌うような、鈴が転がるような、可憐な幼い声はすっかり沈みきっており、頭上の花冠も背中の花翼も何処か色褪せて見える。心のままに甘く香るミアの花が、いまは僅かも匂わない。


「同感ですね。ルゥのあの異常……嫌な魔素を感じました」

「どういうことだよ」


 クィンの手がミアの細い肩に触れる。ミアの小さな手がクィンの手にそっと重ねられ、妖精郷の主従は僅かな戸惑いを見せてから、重い口を開いた。


「ルゥの中から、災厄の魔石に似た気配を感じたの」

「ッ、何だって!?」

「杞憂であることを願うのですが……」


 そう零すクィンも悲愴の面持ちで、単なる気にしすぎでないことを彼自身の瞳が語っていた。


「昨日、宿に案内してくれたときまでは何ともなかったよね?」

「ええ。魔素の乱れもなく、体調も万全に見えました」

「となると、帰り道で襲われたか……或いは、帰ってからオーナーの元でなんかあったかだな」

「そんな……ルゥは、オーナーを慕っているように見えたわ。それなのに……」


 彼の身に起きたこと。自分たちの身に起きていること。双方片付けなければ街を出られない。

 逃げれば国際指名手配だとあのオーナーは言っていたが、その選択肢はミアたちの中に存在していない。全て解決して、当初の目的である参加金を得て、そうして街を出るのだ。


「あの人……一度もルゥくんの名前を呼ばなかったね」


 静まり返った部屋の中に、寂しげな色を孕んだシエルの声が雨だれのように落ちた。

 それぞれが記憶を辿り、言われてみればと思い出す。最初に大事な闘士という言葉こそ出ていたものの、殆どの台詞で、まるで物のように吐き捨てていた。秘書の男も、頭の弱い獣人と侮辱的な物言いをしていたことをついでに思い出し、四人は何とも言えない表情になった。


「昨日の試合を見た限り、ルゥは階級こそ一番じゃないが、スター闘士と言っていい人気があったはずだ。それを今日になってあんな扱いし出したからには、何かあるだろうな」

「それも、良くないことが……ね」


 指先をサッと横に払い、ヴァンは対戦表を消した。魔石を組み込んだ投影機が沈黙すると室内も重い沈黙に包まれる。

 戦いに不安があるわけではない。ただ、纏わり付くような暗い気配が払えない。

 何とも言いようのない空気が満ちる中、不意に来客を告げる呼び鈴が鳴った。


「誰だ……?」


 ヴァンが応対に出ると、其処にいたのはノエの秘書、ニアだった。

 ニアは丁寧な所作で一礼すると、室内をちらりと見やってからヴァンを見上げた。


「皆様をお迎えに上がりました。控え室へご案内致します。エキシビションでの戦い方も、其方でご説明致します」


 ヴァンが振り返ると、三者三様に頷いた。

 ニアの案内で、宿から闘士専用の控え室へと向かう。その道中、人の目が一行を追いかけたが、相手にすることなく通り過ぎ、控え室に入った。用意されている家具は簡素な木製ベンチだけで、他に目立つものはなにも置かれていない。


「ノエ様から言伝が御座います」


 ミアとシエルをそれぞれベンチに座らせ、ミアの傍にクィンが、シエルの傍にはヴァンがついたところで、ニアが口を開いた。


「まずは、アンフィテアトラの問題に巻き込んでしまったこと、お詫び致します」


 思わぬ言葉に、四人は驚き、そして疑問を表情に乗せた。

 曰く。ノエは約五年前にルゥのオーナーが行商から怪しげな薬を買っているのを目撃していた。それは炭を砕いたような黒い粉末で、見ただけで得も言われぬ不快感と不安感を覚えたのだとか。それからオーナーは闇市で獣人の三人兄弟を購入し、長兄を闘士として登録した。ルゥは、兄弟の病気が治るかどうかは自分に掛かっていると言われ、三年でプリンス階級まで登り詰めたという。


「ノエ様は、弟君でいらっしゃるノーマ様を通して、ルゥからお話を聞いていたそうです」

「ノーマって……あのお宿にいた、彼だね」


 シエルの言葉に、ミアが頷く。以前にルゥと親しそうにしていた従業員の名前だ。


「ルゥは、弟たちとは四年ものあいだ会えていない、と。そう言っていたそうです」

「四年も……」


 薄ぼんやりとしていた嫌な予感が、形を得ようとしている気がして、ミアは自らの体を抱いた。正体不明の黒い粉末。突然意識を失う病気。何処かで聞いた話だ。


「正直、なにが出てくるか我々にもわかりません。ですので、皆様には通常のエキシビションでの戦い方をお教え致します」

「ああ、頼む。さすがにエキシビションは経験したことねえからな」

「そちらの方は経験者でしたか」

「まあな」


 軽く肩を竦め、腰につけている短剣に手を触れる。

 エキシビションでは、通常の対戦以上に『魅せる』戦いが求められる。今回は拳闘士主催だが、主催が何処であってもエキシビションは無差別級と同じルールになる。武器、防具、魔術、道具、何でもありのデスマッチだ。


「エキシビションは、どちらかが倒れるまで終わりません。倒れるまでというのは、この場合死を意味します」

「……だから、相手が魔獣なのか」


 ヴァンが零すと、ニアは無言で頷いた。

 闘士対闘士ではどちらかが必ず所属闘士を失うことになるが、魔獣が相手なら単に勝てば良い。殺しても後腐れ無く、闘士自身も手軽に英雄気分が味わえる。仮に負ければそれまでだが、此処のオーナーは誰もが複数の闘士を抱えている。魔獣如きに負ける闘士ならばいずれは挑戦者に負けているだろうと、大して惜しくもないのが実情だ。

 そして魔獣は、獲物相手に手加減をしない。仕留めるまで戦い続ける。


『お待たせ致しました! 間もなくエキシビションマッチの開幕です!』


 会場のほうから、試合を盛り上げる司会の声が響いた。

 緊張が走り、空気が張り詰める。勝利か、死か。選べるのはどちらか一方のみ。

 四人は熱気に満ちる会場へ、一歩、踏み出した。

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