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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
肆幕◆哀しき獣の月葬歌
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法無き街の秩序

「ねえクィン、このお宿が一番わたしたちの故郷に近いかしら?」

「そうですね。故郷に比べて花が少ないことを除けば、ですが」


 妖精郷主従ののんびりとした会話にヴァンが驚いていると、いつの間にやらソファに座っていたシエルが「わかるなぁ」とおっとり同意した。


「窓の景色は似ても似つかないけれどねえ」

「そうね。でも、此処も賑やかで好きよ。怖い人もいるけれど、皆とっても楽しそうだわ」

「まあなあ、活気があるのはいいことだよな。特にいまのご時世は」


 すっかり寛いでいるシエルに対し、ヴァンはまるで踏みつけることを躊躇われる可憐な花を前にしているかのような所作で、恐る恐るソファに腰を下ろしている。

 ミアはカフェテーブルとセットで置かれている椅子に腰掛け、クィンは部屋の一角にあるお茶やお酒を初めとしたドリンクが並ぶ棚から花茶を選び取り、グラスポットに淹れ始めた。


「どうぞ、ミア様」

「ありがとう」


 透明な茶器の中でふわりと花が咲き、馥郁たる花茶の香りが室内に満ちる。花茶の薫香は花翼の香りと相性が良く、互いに引き立てあっている。


「三人とも、こんな上等なとこで生まれ育ったなら、旅はしんどいんじゃねえか?」


 きょとりとしたミアの丸い瞳が、ヴァンを見つめる。ヴァンの斜め前に座っているシエルも似たような表情で首を傾げており、不思議そうな二人に代わってクィンが口を開いた。


「お陰様で、そうでもありませんよ」


 花茶の香りに乗って、優しい声がヴァンに届いた。

 ヴァンは目の前のテーブルに置かれたティーカップを見下ろしてから、それを置いた当人であるクィンを見る。彼は変わらず涼しい顔で、まるで何年もこの部屋で執事として働いているような、不思議な貫禄があった。


「私たち二人きりでしたら、今頃は港町に着いていたかどうかというところでしょう。エレミアの問題も、あれほどすんなり解決出来たとは思えません」

「ヴァンくん、そんなに大活躍だったの? 聞きたいなあ」


 クィンの穏やかないたわりの言葉に、シエルの好奇心の滲んだ声が続く。

 不慣れなぬるい空気に、ヴァンは「勘弁してくれ」と言って手をひらひら振った。照れ隠しに、花茶を一口啜る。ほの甘い花の香りが鼻に抜ける感覚は新鮮で、ホッと息を吐いた。


「魔素の巡りを整える効果があるんだっけか? 甘すぎるかと思ったが、案外いけるな」

「ええ。ヒュメンも高濃度の魔素に耐性がないだけで、魔素自体は持っていますからね。これならヴァンの口にも合うのではと」


 こうして話しているあいだも、ミアはご機嫌に鼻歌を歌っている。歌声に呼応して花翼も花弁を舞わせ、室内に甘い香りを漂わせている。


「そうだ。ヴァンくん。私にこの街のことを教えてくれないかな?」

「あ? そりゃ別に構わねえけど……なにが知りたいんだ?」

「ええと……」


 シエルはヴァンから預かったままだったアンフィテアトラのパンフレットをテーブルに広げて、一つずつ指さしながら疑問を並べていった。

 オーナー制度や、掛け金、挑戦者としての心得や出来ることなど。それと窓から見えた闘技場のうち、四つの部門に当てはまらないものが一つあったこと。


「最後の一つはフリーファイトだな。登録闘士への挑戦じゃなく、挑戦者同士が戦う場所だ」

「そんなのもあるんだ?」


 ヴァンが指し示した闘技場は、サーカステントのような外観をした闘技場だ。其処では腕自慢が前日の夕刻までに選手登録をし、ランダムに決まった相手とトーナメント戦を行う。試合の種類は一対一のタイマンバトル、二対二のタッグマッチ、三対三のトリプルマッチとある。


「これも案外馬鹿に出来なくてな。此処で名を上げると著名オーナーから契約を持ちかけられたり掛け金以上の賞金がもらえたりってこともある」

「凄いねえ。腕に覚えがある人がこれだけ集まるわけだ」


 感心した様子で、シエルが頷く。

 エルフにしてはヒュメンの野蛮な文化に嫌悪感を示さない辺りが不思議だが、不愉快でないなら敢えて突っ込むこともないだろうと、ヴァンは次の説明に移った。


「そんで、そのオーナーってのは街の権力者で、闘士を抱えて育成してる連中のことだ。オーナー規約ってのがあって、オーナーは闘士に適切な住環境と給金、治療等を与えないといけない」


 ヴァンの説明を、シエルだけでなくミアもクィンもじっと聴き入っている。

 アンフィテアトラのオーナーは旧時代の貴族のように奴隷商売をしていては務まらない。抑もの話、闘士を劣悪な環境に捨て置いていては肝心の闘技場で使い物にならず、結局自分が損をするのだから。評判が落ちれば質のいい闘士も寄りつかなくなる。ある国ではハーレムの美女をどれほど着飾れるかで貴族の質を図る文化があるが、此処では登録闘士の強さと健康状態がその指針というわけだ。

 腕に自信のある冒険者の中には、著名なオーナーにスポンサーとなってもらいたくて此処へ来る者や、冒険者を引退して登録闘士として第二の人生を歩もうとする者もいるという。なにせ刺激はあっても衣食住が不安定な冒険者と違い、登録闘士なら刺激と安定の両方が得られるのだから。


「あとは……そうだな。違法取り引きの話か」


 不穏な言葉に、ミアとシエルが目を丸くし、クィンが眉を寄せる。


「奴隷商売じゃやってけないのは事実だ。けどな、この街じゃいまでも裏取引はされてる。獣人や翼人なんかは特にな」

「獣人……」


 全員の脳裏に、ルゥの姿が過ぎる。

 天真爛漫で真っ直ぐな性格の彼は、一見すると不幸の渦中にはいないように思えたが。


「まあ、宛てがあるわけでもねえのに勝手に心配すんのも野暮だ。頭の隅に留め置いておくだけでいいと思うぜ」

「そうね……少なくともルゥは、楽しそうにしているように見えたわ」


 小鳥のように可憐な声で、ミアが同意する。

 妖精郷には決して存在しなかった、暴力という名の娯楽は、ミアの理解の範疇外にあるものだ。しかしだからといって、野蛮なことはすぐにやめるべきだなどとは思えなかった。この街にはこの街なりの正義と秩序があり、その中で生きている人たちがいる。

 ルゥ自身が問題なく戦いに身を置いているなら、ミアたちが口出しをする権利はないのだ。


「明日もルゥの試合があるのよね?」

「そう言ってたな。見に行くか?」

「ええ、ぜひ。でも、お金も稼がないと行けないのよね」

「だなぁ……そろそろ出場も考えねえとな。賭けで稼ぐのは運頼みすぎる」


 後頭部を掻きながら、ヴァンが思案する。

 ルゥの登場ですっかり失念しかけていたが、抑もミアたちはローベリアを調査するためにお金を稼ぎに来たのだ。それがどうしたことか最高級の宿に泊まってしまっており、ふりだしからだいぶ後退している。


「取り敢えず、明日はアイツの試合を見て、挑戦表に空きがあったら俺が登録してくるわ」

「わたしたちは参加しなくていいの?」

「誰にでも参加券はあるから止めはしねえけど……やめたほうがいいだろうな。特に嬢ちゃんは、戦う手段がねえだろ」


 ミアは頷き、しかし少しだけ落ち込んで花茶を啜る。

 此処でも力になれないのが哀しい。だが、余計なことをして迷惑をかけるのはもっと良くないとちゃんとわかっている。

 なにもかもヴァンに任せきりでいいのかと思う一方で、出来ることが思いつかないのが現状。

 すっかり冷めた花茶に溜息を乗せ、ミアは夜になって尚賑わいを失っていない街を見下ろした。

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