特別招待権
「ルゥ、兄弟のために闘士してる。オマエたちはなんで旅してる?」
「わたしたちは……」
「ミア様をフローラリアの故郷までお届けするところです。ついでに、色々と」
「そっかー! そーいうの、里帰りっていうんだよな! ノーマから聞いたことある! ルゥには故郷ないから、きいただけだけどなー」
雑談というには少々重い話をしつつ、ルゥの案内を受けて辿り着いたのは、アンフィテアトラで最も大きく立派な宿だった。
「おいおい、こんなデケェ宿に泊まれるほど俺たち金持ってねえぞ」
「大丈夫!」
何一つ安心出来ない一言を残し、ルゥは物怖じせずに突き進んでいく。
扉も立派なら内装も立派で、港町で泊まった屋敷風の宿が小さく見えるほどだ。赤い絨毯の先に重厚な木製のカウンターがあり、奥を見れば、吹き抜けのホールと大階段が見える。カウンターは大小あるようで、見上げるような体格の冒険者はミアでは飛び上がっても覗けないような背の高いカウンターへと向かっている。当然そちらのスタッフも山のように大柄で、ミアのことなど指先で摘まみ上げられそうなくらいの差がある。
「ノーマ、久しぶり!」
ルゥは一般的なヒュメンが使用しているほうのカウンターへ行くと、愛想良く声をかけた。
ノーマと呼ばれた青年は、帳簿をカウンターの下に置くと振り返り、深い藍色の瞳を瞬かせた。服装は宿の制服らしきスリーピースで、左胸に名前のプレートが縫い付けられている。ボウタイを止めている石は土の魔石だったものを再加工した大地の輝石のようで、アンバーの石の中央に金の鱗粉に似た光が散っていてとても美しい。
長い前髪で右目を隠しており、露わになっている左目は蛇の虹彩をしている。
「ルゥ。珍しいですね、あなたが此処へ来るなんて」
「ともだち、連れてきた!」
「友達?」
其処でやっと、ノーマの視線が背後の四人組へと向く。
ヒュメンの冒険者はともかく、見目麗しいエルフの吟遊詩人に、瀟洒な佇まいの妖精族の青年、そして最もこの街にそぐわないフローラリアの少女という奇妙を通り越して見間違いを疑うほどの組み合わせに、ノーマは本気で我が目を疑った。
「っ……失礼致しました。ご宿泊ですか?」
「あ、いや、俺たちは……」
「ご宿泊! 招待権!」
「……なるほど」
口元に緩く握った手を当てながら、クスクスとノーマが笑う。
ノーマより少し背の高いヴァンを見上げ、主に高級感溢れる宿の風情に居心地悪そうにしている彼へ向けて、ルゥの意図を説明した。
どうやらルゥは、登録選手のうちプリンス階級以上の戦士が認められている、家族や友人を街が経営する宿へ宿泊させることが出来る招待権を行使するつもりでいるようだ。招待された者はどの宿にも元の値段の一割程度で泊まることが出来、賓客同然の扱いを受ける。
「――――と、いうわけでして。ルゥは皆様を当館へご招待したいそうです」
「それはありがたいんだが……」
「わたしたち知り合ったばかりなのに、いいのかしら」
黙っていれば街一番の宿に上等なお客様として泊まれるというのに、馬鹿正直にも本当のことを口にした一行に、ノーマは苦笑して「勿論で御座います」と答えた。
「全ての権利は其処のルゥにありますので。勿論、これは権利であって強制ではありませんから、他の宿をお探し頂くことも可能で御座います。ですが、正直申し上げますと、いまから手頃な宿を探すとなりますと、少々難儀するかと……」
「そりゃ、なあ……」
受付ホールの時計を見れば、もう幾許もなく陽が傾き始める時刻を差している。多くの冒険者は街に着くや否や宿を取って、それから闘技場へと出かけていく。安く泊まれる宿は早々に埋まり、次いでそこそこ上等な宿が埋まる。残っているのは、あくどい商売をしている宿や、宿と呼ぶのも烏滸がましい馬小屋以下の宿か、真逆の高級すぎて一介の冒険者には泊まれない、現在地のようなところばかりだ。
「因みにだがお前ら、宿代はあるか?」
「ええと……此処ってどれくらいなのかしら?」
「招待権をお使い頂きますと、お一人で二万二千ガルトとなります。此方の料金で滞在中は日数に関わらず連泊して頂くことが出来ます」
ノーマの答えを受けて、ミアは思わず目を丸くした。
一割で二万二千。しかも部屋の値段ではなく、一人分の値段でというところも驚きである。以前泊まったエスタの宿が食事代抜きで一部屋五百ガルトだったことを思えば、此処がどれほど高級な宿であるかが窺える。
「それなら全員分あるかしら?」
「そうですね。何とかなりそうです」
「では、此方へどうぞ。お手続きを致します」
ミアとクィンがカウンターにつくと、別のスタッフがミアの足下に踏み台を置いて「宜しければ此方をお使いください」と言って下がった。有難く使わせてもらうと、ほぼ見えなかった台の上に顔を出すことが出来、クィンとノーマのやり取りも見ることが出来るようになった。
帳簿にサインをして、クィンが身につけている魔花を編み込んだバックパックからガルト金貨を取り出し、トレーに広げていく。九百枚近い金貨が小さなバックパックから出てくる様子は奇術を見ている気分になる。
「珍しいな。空食み魔花の鞄なんて持ってたのか」
「ええ、とあるご縁で購入したものなのですが、便利ですね」
肉食植物である空食み魔花は、喰らったものを別の地域にいる別個体へ分け与える性質を持つ。そうして餌を豊富に取れる地域で生きる花が荒れ地に咲く花を助けながら生息域を拡大していき、一時期は爆発的に増えすぎて討伐隊が組まれたこともあったという。
魔花の花弁に特殊な加工を施して縫い込んだ鞄は、空食み魔花同様、お互いに干渉し合う性質を持つため、拠点がある冒険者は其処にもう一つの大きな鞄や布袋を仕込んだ箱を置き、小さな鞄を持ち歩くのみに留めていたりする。
「確かに、頂戴致しました。では係の者がお部屋へとご案内致します」
「此方へ」
先ほどミアの足下に踏み台を置いてくれた男性が、一行に柔和な微笑を向ける。
彼の案内に従って行くと、三階の一番奥、突き当たりにある部屋へ通された。
「わぁ……! 凄く広いのね」
扉を開けた先にはソファとローテーブルが並んでいて、右手奥の窓辺には白いクロスが掛かったカフェテーブルがある。窓の外にはテラスがあり、其処から街の中心を眺めながら一服出来るよう木製デッキチェアが置かれている。更に、入口扉のすぐ横にある扉が水場に繋がっていて、正面に二つ扉があり、其方が寝室となっていた。
「おー! 凄い部屋だな!」
ついてきていたルゥが感嘆の声を漏らしながら、室内をぐるりと眺め回す。そして皆に向かって大きな動作で敬礼すると「じゃあおれ、オーナーのとこ戻るな!」と笑顔で言った。
「今日は色々ありがとう。明日も試合があるのよね?」
「おう! オマエたち、また見に来るといい! じゃーなー!」
元気に手を振って去って行くルゥを見送ると、案内していたスタッフも「なにかご用があれば、いつでもお申し付けください」と皆に一礼して退室していった。
 




