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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
壱幕◆チュートリアルの森
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炎の記憶

「さて、嬢ちゃんはそろそろ休みな」


 じっと炎を見つめているミアを呼び、ヴァンは焚き火の傍らに設置したテントを親指で指した。中には敷布が重ねて敷いてあり、掛け布まで用意されている。


「初めての旅で高揚してるかも知んねえが、休息を上手く取ることも旅人の必須スキルだぜ」

「ええ。でも、ヴァンはどうするの?」


 見たところ、テントは一つしか組まれていない。そして、長身のヴァンが寝られるほどの広さもないように見える。


「俺は火の番しながら適当に休むさ。テントみてぇに囲まれてっと却って落ち着かねえんだわ」

「ミア様、どうぞご遠慮なさらず、お先にお休みください」

「そうね。クィンとヴァンがいてくれるなら、安心して眠れそうだわ」


 基本的に、魔物は炎を嫌う。広場を囲うようにして焔石灯が設置されている理由も、魔物避けを兼ねて光源を確保するためだ。ゆえに、キャンプ中に火を絶やさないことは旅の基本とも言われている。

 テントに潜り込むと、ミアは掛け布を被って目を閉じた。


「お休みなさい、クィン、ヴァン」

「お休みなさいませ」

「おう、オヤスミ」


 目を閉じて、夜に体を浸す。静寂に心を溶かし、呼吸を落ち着かせる。そうしてミアは緩やかに眠りへと落ちていった。


「ふ……寝たか。この調子なら野宿も問題なさそうだな」


 静かに眠るミアを横目で確かめ、ヴァンは吐息交じりの笑みを零した。

 ヴァンにとってミアたちは行きずりで同行しているだけの間柄で、彼らの道行きを案じる義理も道理も本来全くないはずだというのに、気付けば目で追って心配している自分がいた。冒険者には畏れられ、バンディットには名を利用されるような人間が、稚い少女の寝顔を見て安堵するときが来ようとは。


「……あなたは、何故我々に同行しているのです」


 ふと、クィンが問うた。顔を上げれば、焚き火の炎にも染まらない鋭い水色の瞳が、真っ直ぐにヴァンを見据えていた。


「何故? 言ったろ。俺の行き先も森の向こうだって」

「そうですね。ですがあなたの足ならば、このような初心者向けの休憩所など必要とせず、今頃は次の広場に着いているはずです」


 クィンの言葉は尤もで、そして正解だった。疾風の名を冠しているだけあり、ヴァンの持ち味はその足にある。依頼達成の早さと正確さ。戦闘時の俊敏な身のこなしは、獣人族にも並ぶ脚力から来ているものだ。ミアたちをほうって置いていつものように駆け抜ければ、次の第二広場どころか中央広場にだって辿り着くことが出来ていた。


「そうだなァ……俺は元々、貧しい農村の生まれだったんだ」


 ヴァンは暫く迷ってから、重々しく口を開いた。


「下に兄弟が山ほどいて、女もガキも一緒になって山や畑の世話をして、やっとどうにか冬越えが出来るような、そんな家の長男として生まれた」


 唐突な身の上話に目を眇めるが、クィンは黙ってヴァンの話を聞いた。それが自分の問いに対し無関係な話題ではないと察したというのもあるが、単に口を挟める雰囲気ではなかったからだ。


「王都どころか隣町の噂もろくに入ってこねえ、辺境中の辺境だ。外でなにが起きてるかなんざ、誰も知らねえし知ろうともしねえ。……それが、良くなかった」


 ――――あの日。ヴァンは山に薪を取りに行っていた。冷たい風が吹くようになってきて、村のあちこちで冬支度を始める頃だった。籠いっぱいに枝を詰め込んで、体を起こしたときだった。


『村が……赤い……?』


 夕陽のせいだと思った。思いたかった。けれどそんな希望的観測を打ち砕くように、村のほうで怒号と悲鳴が上がった。冒険者になっていないどころか、十歳になったばかりのヴァンにとって、その凄惨な声は足を竦ませるに充分過ぎた。

 震える足を叱咤して、山を下りていく。途中でいくつか薪を落としてきたが、そんなものを気にする余裕などなかった。

 そうして、村に辿り着いたとき、其処は既に黒くくすんだ焼け野原だった。


「あのときは家を探すのも難儀したぜ。なんせ目印になる家や木が全部燃えちまって、自分の家も見る影もねぇ有様でなァ。見つけたときは暫く信じられなかった」


 野盗が出ているとの噂が流れ、近隣の街では冒険者を護衛に雇うなどして防衛に努めていたが、ヴァンの村は山を挟んだ果てにあったために情報がろくに入ってきていなかった。そのせいで多少実入りが悪かろうと、冒険者を相手にするより無防備で暢気な村人を焼き討ちにしたほうが楽だと判断した野盗の餌食となったのだった。


「……ご家族は」


 ぽつりと落とされたクィンの声は、先を察しているようでいながら当たってほしくないと願っているかのような、静かで優しい音をしていた。それだけで救われた心地になる自分に苦笑しつつ、ヴァンは彼に無慈悲な回答(げんじつ)を与える。


「焼けたよ。皆。お袋が兄弟に被さる形で殺されてて、その上から火を放たれてた。あとで知ったことだが、村の倉庫からは冬備えの作物が綺麗に消えてやがった」


 小さく息を飲む気配がして、ヴァンは焚き火を見るふりでクィンを盗み見た。

 滅多に表情を変えない彼だが、ほんの数刻前までミアを狙う盗賊かなにかだと警戒していた男の身の上話に、僅かなりとも胸を痛めている。何だかんだクィンも育ちが良いのだろう。


「俺の村は冬の蓄えを根こそぎ奪われて、ついでに冬越えの心配をしなくていいように、皆殺しにされたってわけだ」


 まるで童話を読み聞かせ終えたような口調で言い切るヴァンに、クィンは眉を寄せた。痛みなどとうに過去へ置いてきたというような声音に対し、クィンはかける言葉を持ち合わせていない。


「……まあ、なんだ。そんな生まれだからだろうな。小せえのにがんばってんのを見るとどうにも放っとけねえっつうか……」


 クィンから目を逸らし、枝を焚き火に放り込んで薄く笑う。


「つまり、自己満足だ。ただの性分だよ」


 あの日間に合わなかった贖罪のつもりだなどと、彼らに余計なものを背負わせるつもりはない。自分に助けはなかった。だから代わりに自分は誰かを救いたいなんて殊勝なことを言う気もない。ただ、放っておけない性分なのだとだけ零して、ヴァンは話を終えた。

 それからはずっと、二人のあいだには夜闇の中に火の粉の爆ぜる小さな音だけが流れた。橙色の鮮やかな炎は、あの日ヴァンから全てを奪ったものと同じ色だ。冒険者となったいまではその炎が身を守る砦となっている。村を襲った野盗を憎みつつ、ヴァン自身も比類なき強さと速さを求めた結果、皮肉にも気付けば二つ名付きのシーフになっていた。

 過去を引きずっていると言われても、いまのヴァンには反論の余地がない。未だにあのとき村へ駆け戻れなかった自分を赦せていないのだから。

 なによりヴァンは、全てを話してはいなかった。母と折り重なる形で死んでいたのは弟たちだけだったこと。村の死体はほぼ男と、年の行った女ばかりであったこと。若い娘や幼い娘は、恐らく食料と共に攫われているだろうこと。そして、


『――――アミィ、マイア、ミリー……おれが絶対見つけ出して、助けてやるからな。お前たちをさらったやつらを全員殺して……復讐してやる』


 本当の、旅の目的を。

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