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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
肆幕◆哀しき獣の月葬歌
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喧騒の街

 下船準備を進めるヴァンたちを眺めながら、ミアはベッドの上で小さな足を揺らしていた。もう幾許もなく着陸となり、空の旅は一旦お終いとなる。


「地図で見たときは遠く感じたけれど、お空だとこんなに早いのね」

「殆ど直進だものねえ」


 空路は海路に比べて、あっという間だった。

 奏空挺は海路や陸路で行けば数日かかる距離を、一日足らずで駆け抜けてしまう。そのためか、船室は奏海船に比べて質素で、長旅向けには作られていなかった。だがそれもミアにとっては旅のスパイスでしかなく、程よく狭い部屋でくっつき合って、楽しそうにしていた。


「降りたら嬢ちゃんは執事さんと手ぇ繋いでな」

「わかったわ」


 荷物を纏め、船室を出て舷梯を下る。

 一歩外に出るだけで熱気が伝わってくるほどに、この街は賑やかだ。

 港から軽く見渡しただけでも様々な種族がいて、その誰もが立派な武具を身につけている。顔が見えないほど背の高い戦士もいれば、シエルより背が低いのに身の丈ほどある武器を背負っている人、足首までを覆う長いローブを纏った魔術師など。ミアの目には誰も彼も強そうに見えた。


「わあ……! 冒険者さんがたくさんいるわね」

「そうですね。ミア様、はぐれないようお気をつけください」

「ええ。絶対に離れないわ」


 さすがのミアも、はぐれたら二度と会えなさそうだという空気を感じ取ったようで、しっかりとクィンの手を握り直した。


 アンフィテアトラの街は、話に違わぬ冒険者(力自慢)のための街だった。

 複数の闘技場に、飲食物のテント、場外賭博に、観光客向けのやけに高価な救護室。荒くれ共の街と聞いていなかったとしても一目見ただけで理解するほどに、この街はそれらしい。賑々しくも華やかとは言いがたい、独特の雰囲気を放っている。

 街中には遠方からの旅人に向けて、馬車や荷車の預所もある。しかしヴァンは、奏空挺の空港が経営する駐停所に魔獣馬車を預けた。


「まずは一戦、見たほうが早いだろうな」

「一番近い会場はあれだね。すぐ行って見られるのかい?」

「おう。見るだけなら入場料を払えばいい」


 大通りのすぐ傍にある、ドーム状の闘技場。

 其処を目指して歩いていると、一行の前に飛び出してくる影があった。


「なあなあ! オマエたち、ハジメテか? とくにオマエ、見たことない!」


 飛び出してきたのは灰色の三角耳とふさふさの尾を持った獣人の青年だった。鋭い虹彩を湛えた金色の瞳を好奇心に煌めかせ、ミアを見下ろしている。数歩先を行っていたヴァンが気付いて振り向くも一歩遅く、ミアが頷いていた。


「じゃあ、ルゥが教えてやる! 右のあれがステゴロ会場! 武器、全部ダメ! あっちの奥のが近接武器のヤツ! キングがやべー強い! 左側のが、遠距離とまほーつかいのヤツ! すっげー派手だから、そういうの好きなら見に行くといい! 一番デカいヤツ、何でもありのとこ!」


 獣人の青年は、遠くの建物をそれぞれ指しながら一気に言うと、最後に両手を広げて見せた。


「で、ルゥはステゴロのに出てる!」

「えっ」


 怒濤の説明に溺れかけていたミアが、目を丸くする。

 その反応を待っていたとばかりに笑みを深め、獣人の青年はクィンと繋いでいないほうのミアの手を取り、上下に振った。説明していたときの仕草は大ぶりだったが、ミアに対しては繊細な花を扱うような優しい手つきだった。


「オマエ、もーすぐルゥの出番だから、見に来るといい! ルゥに賭けたら勝てるからな!」


 ニカッと笑ってそう言うと、獣人の青年は「じゃーなー!」と大きく手を振りながら風のように去って行った。

 残されたミアは暫しぽかんとしてから、ハッとなってヴァンを見上げた。


「ねえヴァン、いまの彼が言ったことってほんとう?」

「あ、ああ、まあ、だいたい合ってるな。すげえざっとしてたけど」


 行こうぜ、と言って当初の目的であるステゴロ会場こと拳闘場に入る。

 ヴァンは入口で入場チケットを四枚購入してミアたちに配ると、頭上に並ぶオーダーを確かめて一つのリングへと向かった。


「目当ての試合があるんですか?」

「さっきのリュカント、出てるっつったろ? どうせなら見てやろうと思ってな」


 一般入場チケットの購入者は二階席から見下ろす形になるようで、迫力には欠けるが全体を良く見渡せる位置についた。壁のついた手すりが腰の高さに張り巡らされており、熱狂している観客が身を乗り出していたり、応援を通り越した野次が飛び交ったり、賭けに負けた観客たちが賭博券を破いて紙吹雪にしていたりと、客席の騒ぎも相当なものだ。


『さあて! 続きましては、プリンスクラスの挑戦者、グラント・ケリー! 岩山のような体から繰り出される一撃が自慢の大男! ヒュメンとは思えぬ鋼の体躯で何処まで上り詰めるのか!!』


 リングアナウンスがかかった途端、わっと歓声が上がった。拳闘の舞台に上がったのは、紹介が大袈裟ではないと一目でわかる大男だった。

 身長はゆうに二メートルを超し、腕や足は丸太のように太く、脱力していても筋肉の脈動を見て取れるほど力強い。防具は最低限。当然、武器は己の肉体のみ。


『そして、迎え撃つはプリンスクラスの拳闘士、リュカントのルゥ選手だ! 速攻で仕留める様はまさにハンター! 速度と重量のぶつかり合いが期待されます!!』


 次いで紹介されたのは、先ほどミアに大雑把な解説をして去って行った獣人の青年。

 無愛想にただリングに上がった挑戦者と異なり、ルゥは観客席に向けて大きく手を振り、声援に応えながらリングへと上がっていく。リングイン一つだけでもエンターテイナーと武闘家の違いが顕著に表れている。


「行けー! ぶっ飛ばせー!」

「此処までテメェを買ってきたんだ! 負けたら承知しねェぞ!」

「犬っころなんざ伸しちまえ!」


 方々から、柄の悪い声援が飛ぶ。

 驚いてクィンに縋り付いたミアの肩を、反対側に立って守るように庇いつつ、シエルが撫でる。クィン自身もこれほど野蛮な場所は初めてなため、熱を帯びた空気に圧倒されていた。

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