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花咲く魔獣馬車

 ――――翌朝。

 動揺を孕んだ視線とざわめきが、遠巻きに一つの宿を囲んでいた。

 人々の視線は一様に宿の前に鎮座する魔獣馬車へと注がれており、馬車に繋がれた魔獣は市民の動揺など意にも介さず、足元に置かれた飼葉を優雅に堪能している。

 頭部には二本の立派な角が、額には赤く輝く魔石があり、体は蹄を半ば隠すほど濃く長い体毛に覆われている。グゥに似た偶蹄類の顔つきだが此方は長距離移動に適した個体で、元は砂漠地帯を旅する種族が飼っていた魔獣だ。

 体長はミアの二倍以上あり、鋼の如き強固な骨と体毛に守られた頭で激突されれば、閂で閉じた門戸どころか城壁さえも破壊されてしまうことだろう。背を覆う防護布は綾織りの絹のように色彩鮮やかで、四隅に輝く小さな魔石も含めて一目見て上等なものだとわかる。

 そんな、上等な魔獣に繋がれている馬車もまた、立派だった。

 魔石と花で彩られた宝珠の如き魔獣馬車は、王族か貴族が漫遊に使うそれを思わせる。中も広く作られており、後部にある両開きの扉を開けば一対の座席が向かい合い、その奥には荷台がある。

 大人四人が悠々と座れる座席は長距離移動に耐えうる適度なクッション性を備え、また、外装はただ優美なだけでなく外敵からの悪意を撥ね除ける強固な作りをしていた。

 見るからに高貴な身分の者が使うこの馬車が、冒険者向けの宿に置かれている。それがなにより人目を集めている理由だった。


「なんか騒がしいと思って出て来てみれば……何事だ?」

「どなたかいらしているのでしょうか」


 旅支度を終えた一行が宿の外に出ると、其処には豪奢な馬車が一台。

 宿を取り囲む人々と同様に、ヴァンとクィンもまた、何事かと目を瞠っている。その横でミアとシエルが顔を見合わせ、もしかしてと零した。


「ご機嫌よう、皆様。お早いお目覚めですのね」


 其処へ、凛とした少女の声がざわめきを割り入った。

 人垣が分かれて花道を作り、声の主をミアたち一行へと明らかにする。

 護衛兵を従えた双子姫が、昨日の舞台ドレスとは別の華やかなドレスを纏って、其処にいた。


「姫様!」


 ミアが駆け出すと、双子姫は艶やかな微笑で以て幼い歌姫を迎えた。

 ヴァンもクィンも、昨晩ミアの口から、アルマファブルの姫君と歌比べをした話は聞いていた。その結果、報酬として魔獣馬車を贈るといっていたことも。

 しかし昨日の今日で、こんなにも立派な馬車が用意されるとは、誰が想像出来ただろうか。


「目覚めたらほんとうに届いていて、驚いたわ」

「我が国の叡智をもってすれば、造作もないことですわ」

「わたくしたちに歌うことの歓びを思い出させてくださったご恩には、とても足りませんけれど」


 機神公国アルマファブルは、古代技術と叡智の国だ。

 機構術という独自の技術で発展し、他国にその技術で生み出した道具や設備を売り、ときには、技術者を派遣して国を支えている。機構馬車は本来なら魔獣も要らない完全な自立車だが、修復に特殊な技術が要る。それでは旅に不向きだろうと、異国の技術でも修復可能な魔獣馬車を選んだということらしい。


「あなた方の比類なき天上の歌声は、金銭などに換えられるものではありませんわ」

「ですからこれは、わたくしたちのほんの気持ちですの。お受け取りくださいまし」


 改めて、馬車を見る。

 毛並みも良く立派な魔獣に、機神公国の技術を詰め込んだ車体。複雑に組み込まれた機構術式の回路と、点在する良質な魔石。ティンダーリアの花馬車もかくやという車体を飾る花々。朝の光を反射して煌めく壮麗な魔獣馬車は、どう見ても冒険者のそれではないが、しかし。


「どうしましょう。こんなに素敵な馬車を頂いてしまっていいのかしら」

「勿論ですわ。お使い頂きたくて贈ったのですもの」

「何十年でも何百年でも、お側に置いて頂きたいわ」


 ミアがうれしそうにしているのを見たら、馬車の見た目など些事だと思ってしまう。

 苦難の道を征く少女の心が、少しでも華やぐのなら。


「ミア、良かったね。あの魔獣の寿命は長いから、しっかりお世話しないとねえ」

「ええ、そうね。馬車もあの子も、大事にしたいわ」


 シエルが傍まで行ってミアの華奢な肩を抱き、微笑みかける。ミアは満面の笑みで頷き、魔獣に目をやった。

 受け取ってもらえたことに安堵し、双子姫は桜色の唇に笑みを乗せる。


「旅支度もおありでしょうし、長居は無用ですわね」

「皆様、どうか良い旅を」


 上品な所作でお辞儀をすると、華やかなドレスを翻し、双子姫は待たせていた彼女たちのための馬車で去って行った。

 双子姫が去ると人混みもバラバラとほどけ、好奇の視線を残しつつ朝の街へと消えて行く。


「……凄いものを頂いてしまいましたね」

「だなあ。闘技場で稼げたら買うつもりでいたんだが」


 ミアとシエルと双子姫という見目麗しい四人のやり取りを、馬車を挟んで眺めていたクィンが、しみじみと呟く。冒険者であることを考慮し、魔素耐性も高く斬撃や打撃に強い大型魔獣を馬車の引き手に選ぶ辺り、彼女たちは伊達に港町に出入りしていないと感じた。

 魔獣の正面に周ると、ヴァンは顎の辺りを撫でた。体毛は見た目ほど固くなく、かといって綿のような頼りなさもなく。上向きに曲がった太い角は噂に違わず鋼のようで、軽く頭を振っただけで致命傷を負わされそうな力強さを帯びている。


「変わった縁だが、よろしくな」


 もふもふと手に馴染む毛並みを撫でて語りかけると、答えるようにすり寄った。低い鳴き声が、分厚い毛並みの奥にある喉から漏れ聞こえてくる。

 それを見たミアが、きらきらと大きな目を輝かせて、稚い頬を薔薇色に紅潮させた。


「素敵! ヴァンったら、もう仲良くなったのね」

「おう。懐っこいし大人しいぜ。嬢ちゃんも挨拶してやんな」


 呼ばれるまま傍に行くと、魔獣のつぶらな瞳がミアをじっと見つめる。そして口を小さく開けて閉じる、ただそれだけの仕草で湧き起こった風の塊に、ミアの髪と花翼が大きく揺れた。ヴァンの目線では見下ろす位置にある魔獣の顔も、ミアからすればほぼ頭の高さだ。

 魔獣がヴァンにしたように軽くすり寄っただけでふらつくミアを支えながら、撫でる小さな手を補助して共に撫でる。


「ふふ。この子、案外いたずら好きだわ」

「みてえだな」


 ミアの乱れた髪を整えてやりながら、ヴァンが笑う。

 そんな微笑ましい姿を余所に、クィンは馬車全体を眺めていた。それに気付いたシエルが、傍に寄って覗き込む。


「どうかしたのかな?」

「いえ……随分と複雑な術式を組み込んだものだと思いまして」

「ああ、うん。どんな荒れ地を冒険すると思われているのか、凄いよね」

「それもそうですが、これ、他にも術式が隠されているようです。害のあるものではないので特に気にしなくて良いとは思いますが……」


 クィンの言葉を受けて、改めて馬車を眺めてみる。魔石と機構術式回路を見つめるが、機構術に然程明るくないシエルには、其処まではわからなかった。


「よくわからないけれど、凄いんだね。馬車も、君も」

「……? 私ですか?」


 不思議そうな顔で首を傾げる仕草は、彼の主人であるミアにそっくりだ。それとも、ミアが彼に似たのかも知れない。二人のあいだには、それほど深く強い縁と信頼を感じる。


「おーい、お二人さん。そろそろ奏空挺に向かおうぜー」

「はあい」


 魔獣の手綱をヴァンが握り、いつの間にか背に乗っていたミアを心配そうにクィンが見上げて、その後ろをシエルがついていく。


 空舞う船の行き先は、剣闘士の街アンフィテアトラ。

 血と汗と金のニオイと喧騒に満ちた、喧嘩と賭博が合法の街。

【魔獣】

体に魔石を宿した大型の獣の姿をした生物。

育て方によっては人と共に生きることが出来るものから、全く不可能なものまで様々。

因みに魔物とは、魔獣も含めたヒト族以外の生物全般を指すので、魔獣も魔物に含まれる。

今回一行が手に入れた馬車の魔獣は、通常なら砂塵の国の高貴な人物などが所有しているもの。

一介の冒険者が易々と手に入れられるものではないため、港町の人たちがざわついていた。

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