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双子姫の歌比べ

 ミアとシエルが外に出ると、何処からか歓声が上がった。

 辺りを見回せば、自分たちと同じように何事かと様子を窺っている人の他に、とある場所へ駆けつけている人が幾人も見られる。


「なにかしら?」

「行ってみるかい?」


 ミアが頷くとシエルは稚い手のひらを取り、はぐれないよう人の流れを避けながら騒動の中心を目指した。其処には荘厳で立派な劇場が建っており、中から一人の吟遊詩人がトボトボと出てくるところであった。

 いったい中でどんな目に遭ったのか。いまにも手にした楽器を落としそうなほど脱力し、表情は絶望に染まっている。


「また姫様が吟遊詩人を下したってよ!」

「もう双子姫様に歌比べで勝てる人なんざいないんじゃねえか?」

「大陸最大の舞台だからって姫様が来てくださるのはありがてえが、毎度此処で吟遊詩人が自信をなくして帰っちまうのがなあ」

「ははっ、仕方ねえさ。姫様の歌は大陸一、いや世界一だからな!」


 市民や冒険者たちの会話を聞くに、アルマファブルのお姫様がこの劇場に来ていて、吟遊詩人を相手に歌比べをしているらしい。ただでさえ街全体に物々しい警備が配置されているこの港町で、劇場をいっそう厳重に守っている理由がよくわかった。

 更に聞いていれば、アルマファブルの貴族もこの見世物を見物しに来ているという。

 災厄の魔石などお構いなしの物見遊山には頭が痛くなるところだが、しかし、厄災があるからと娯楽全てを抑えつけていては、いずれ人も社会も立ち行かなくなろうというもの。なにより、この港町はアルマファブルの領内である。異国へ出て行くよりは幾分かマシだろう。


「お、挑戦者かい?」


 劇場前に群がっていた男の一人がシエルたちに気付き、目を細めた。その目は新しいオモチャを見つけたように愉しげな色を帯びており、男の声に気付いて振り向いた者たちも似たような表情でシエルとミアを眺め始めた。


「何だか賑わっているから来てみただけだよ。それに、飛び入りで受けてもらえるのかい?」

「勿論だとも! 年に一度の機会だし、挑むだけならタダだ」

「負けたからって金を取られるわけでも、裸で街を叩き出されるわけでもないしな」

「なにより、勝てば金も魔石も思いのまま! 何なら宮廷楽師への推薦だって叶うんだぜ」


 タダより恐ろしいものはない。

 先の吟遊詩人は、彼らの誘い文句に躍らされた結果、それを身を以て思い知ったということだ。


「ミア、どうする? 私と歌うだけじゃなく、双子のお姫様のお歌も聴けるそうだけれど」

「ほんとう? わたし、やってみたいわ」


 僅かも物怖じしないミアに、シエルの笑みが深まる。


「おっ、いいねえ! がんばんな!」

「そっちのエルフの兄ちゃんは本職かい。コイツぁ楽しみだ!」


 舞台の席料を買えず、せめて負け犬の顔だけでも拝もうと群がっていた見物人たちも、無貌且つ身の程知らずな幼子の挑戦を、応援するふりで揶揄う。

 男たちの目には、シエルの手にしている竪琴は美術品の類に映っているようで、それがどれほど軽やかに歌うかなど、想像もしていない様子だった。

 割れた人波のあいだを潜り抜け、劇場へと足を踏み入れる。中はそれこそ貴族御用達の本格的な劇場で、平民育ちの冒険者なら入口で足が竦んでも可笑しくない存在感を醸し出している。


「吟遊詩人殿、姫様方への挑戦をお望みですか」


 ひときわ大きな扉の前で並び立つ兵士が、低く重厚な声で問う。


「うん。私たち二人なのだけれど、一緒に歌ってもいいのかな」

「何人でも。姫様方は百人の楽団だろうとお相手致しますので」

「わあ、それはすごいや。ね、ミア」

「ええ、ほんとうに」


 緊張感のない二人のやりとりに、甲冑の奥で兵士が眉を顰める。

 此処を訪れる挑戦者は皆、姫が与える富や名声を求めていた。世界一の歌姫と名高い姫に勝てば世界一の歌い手となれる。そんな未来を夢みて、そして打ち砕かれてきた。

 だがこの二人には、そういった緊張が全く見られない。温和で平和なフローラリアはともかく、エルフはだいぶ警戒心と猜疑心と高い知性に溢れた種族だったはずなのに。よもやフローラリアと共に過ごす内、甘やかな花蜜に深淵なる知性までとかされたのではあるまいか。

 甲冑がなければその心中を悟られていたほどに、兵士たちは失礼な思考に捕らわれていた。


「姫様の準備が整いました。どうぞ」


 中からの合図を受けて、豪奢な彫刻が施された両開きの扉が、兵士たちの手によって開かれる。すると、見物に来ていた貴族や富豪たちの好奇の視線と生易しい拍手が二人を出迎えた。

 舞台もまた外観に劣らぬ荘厳さで、客席のお愛想な拍手でさえ良く響いている。

 双子の姫は優雅な所作で二人を壇上へ招き、しなやかな白い手でドレスのスカートを摘まんで、淑やかにお辞儀をした。


「ようこそ、お客人。歓迎致しますわ」


 嫣然と微笑むその姿は、公姫らしく高貴で麗しい。頭から爪先、炎のように赤く艶めく長い髪の一筋までもが品良く整えられ、身につけているものも、高い身分に相応しく彼女たちのためだけに作られた美しいドレスだ。


「歌比べは、まずわたくしたちが歌い」

「次にあなた方に歌って頂きます。よろしくて?」


 二人が首肯すると姫は満足げに頷き、舞台袖近くの待機席を示した。その席も貴族を接待に呼ぶときのような立派な長椅子で、ミアは見るもの全てに目を輝かせている。

 二人が腰掛けたのを横目で確かめると、双子姫はスッと背筋を伸ばして短く息を吸い、高らかに歌い始めた。

 途端、会場から感嘆の吐息が漏れた。双子の姫は視線を交わすことなく完璧に息を合わせ、声を重ね、歌い紡いだ。荘厳な会場に響き渡る双子姫の歌声は何処までも澄み渡り、観客を圧倒する。

 聴衆たちは、これで最低でも二度は聴いているはずだが、まるで初めての感動を味わうかの如く聞き入っている。

 彼女らの歌は世界一と称されるのも納得の、自信に満ちあふれたものだった。誰であろうと己を打ち負かす存在などありはしないと、悠然とした立ち姿と歌声が雄弁に語っていた。そしてそれを信じているのは、なにも彼女たちだけではなく聴衆も同じだと、会場に満ち満ちる空気そのものが示していた。

 歌い終わると、双子姫は優雅な仕草で聴衆にお辞儀をし、勝者の微笑を向けた。

 惜しみない万雷の拍手が、双子姫へと送られる。挑戦者を迎えたときの拍手は戯れだったのだと思い知らせんが如くに、姫の美声を讃えている。これまでの挑戦者の中にはこの空気に圧倒され、本来の歌声を僅かも発揮出来なかった者もいただろうと、否応なしに想像させた。

 しかし、シエルが穏やかに拍手を送りながら隣を見れば、ミアも聴衆と同じように満面の笑みで姫たちへ賞賛の拍手を送っていた。


「素敵な歌だったね、ミア」

「ええ、ええ、とっても!」


 頬を紅潮させてシエルに答える宝玉の瞳の、何と純粋で輝かしいことか。並び立つ美姫の健闘を讃える薔薇色の唇の、何と美しく愛らしいことか。

 あれほどの歌を聞いて尚、ミアは僅かも物怖じしていない。挑戦者という立場を微塵も理解していないようにすら見えるその有様は、シエルの心をこの上なく和ませた。

 ミアたちとは逆側の舞台袖に設えられた待機席へと姫が移動すると、ミアはシエルと手を繋いで舞台中央へと向かった。

 まばらな拍手とざわめきが、客席に散らばっている。姫も聴衆も、歌う前から姫の勝利を僅かも疑っていないと、隠しもせずに見せつけてくる。


 けれど二人は、そんな周囲の有り様など微塵も気にかけてはいなかった。

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