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熱を帯びる願い

 エレミアとアクティアファロスの件で、薄々察してはいた。しかしはっきりと本人の口から史上最悪の魔石が目的だと語られると、心臓がひりつく思いだった。


「詩魔法を紡いでいたからわかってはいたけれど……大変な旅だね」

「ええ。でも、クィンがいてくれるからへいきよ」


 幼い顔に微笑を浮かべ、ミアは小鳥のような声でシエルに答える。歌うような声音には心からの信頼が感じられ、憂いなく輝く表情には僅かな翳りも見当たらない。

 地上の楽園たる妖精郷で生まれ育った無垢な花は、二度の悲劇を経てもなお色褪せることなく、鮮やかに咲いていた。

 シエルは軽やかな仕草でベッドから降りるとミアの正面に跪き、華奢な白い手を取った。ミアの小さな手と、女性と見紛うほど繊細で美しいシエルの手が重なると、まるで姉妹のそれに映る。


「ミア。どうか君の道行きに、私の歌が寄り添うことを許してほしい。ピエリスの件があったのも事実だけれど……実はね、私は君と、もっと歌を紡ぎたいと願ってしまったんだ」


 やわらかな春風のような声が、ミアの心を擽る。包まれている手が熱を帯びているような、逆に冷たくなっていくような感覚がして、大きな瞳をぱちりと瞬かせた。


「詩の女神シャンテノーラの祝福を受けた麗しの歌声……其処に烏滸がましくも音色を重ねたいと願ってしまった……どうか、私の願いを叶えてはもらえないだろうか」


 シエルの言葉は、まるで熱烈なプロポーズのようだった。歌うようなシエルの言の葉は、満開の花束や輝く宝石を幻視するほど熱く、甘く、ミアの心を震わせる。

 妖精郷にいた頃にも、妖精たちの前で歌ったことがあった。彼女たちは花心よりも小さな両手で懸命に拍手を送ってくれ、風に揺れる花々のさざめきのような声でミアの歌を褒めてくれた。

 歌を喜ばれるという感覚は知っていたはずなのに、いまのこの気持ちは何なのか。ミアには想像することも出来なかった。


「……シエルが一緒に来てくれるなら、心強いわ」


 どうにか絞り出した声は、微かに震えていた。

 しかし懇願するような表情だったシエルの目が和らいだとき、ミアの緊張も静かにほどけ、息を一つ吐くのと共に肩の力が抜けた。


「わたしはあまり、戦いに役立つ魔法を知らないの。港町での戦いのとき、シエルが竪琴で助けてくれたのでしょう?」

「うん。あのときは歌えなかったから、せめてと思って。役立てたなら良かった」


 ミアとシエルのやりとりをじっと聞いていたヴァンとクィンが、そう言えばと思い返す。


「あれ、凄い効果バフだったな」

「……ヴァン、あのとき殺しかけていましたものね」

「言うなよ。急だったから驚いたんだって」

「ふふ。ごめんね。声が出せなかったものだから、合図が送れなくて」


 あまり悪いと思っていない様子で笑うシエルに、ヴァンの溜息が返される。うっかり勢い余ったものの、助かったのは事実。


「ところで君たちは、このあと何処へ向かうつもりなのかな?」

「どうすっかね。カリスガルドはいま戦争にこそなってないものの緊張状態の国が並んでるから、正直、何処行ってもある程度厳しいとは思うんだよな」

「緊張状態って……なにがあったの?」


 ヴァンはアクティアファロスで聞き集めた情報を、掻い摘まんで話し聞かせた。


「機神公国と魔導帝国、錬金王国の三すくみになってたとこ、錬金王国が機構都市遺跡の第五層へ潜るって声明を出したんだ」

「機構都市遺跡……確か、機神公国が崇める主神の眠る古代都市遺跡でしたね」

「おう。其処を錬金術の素材発掘所感覚で不法占拠して、勝手に掘り進めてんのが錬金王国だ」

「ローベリアは相変わらず傲慢だねえ」


 おっとりとした口調ながらも業腹だという思いを隠し切れていない口調で、シエルが呟く。彼の宝石のような瞳は深い哀切に濡れていて、ヴァンは溜息と共に肩を竦めた。


「あれは千年前から相変わらずさ。だが、シエルにゃ悪いんだけどな、一番わかりやすい目的地はローベリアなんだよな」

「どういうことかな」

「発掘を進めるに当たって、冒険者を募ってる。参加金なんてのまで設定して、冒険者の質を選り好みしてな」


 ふむ、とクィンが小さく呟く。

 冒険者に報酬をまずチラつかせるのではなく参加金を求めるのは、即ち金に困らない程度の力と余裕があることが最低条件だと示しているに等しい。ローベリアの参加金は、百万ガルト。決して駆け出し冒険者が用意出来る額ではなく、また、中堅冒険者でも知らせを聞いてすぐに用意出来る額でもない。

 冒険者も、参加金の意味を良く知っているため「金払ってまで危険な想いなんてしたくない」と逃げ出すような腰抜けは、殆どいない。


「ローベリアがきな臭いのは毎度のことだ。けど、今度ばかりは『はいはいいつもの』って流して終われるもんじゃなさそうなんだよな」

「……それは、君の勘かな?」

「ああ……いや、それもあるが」


 シエルの試すような問いに、ヴァンは軽く首を振った。


「ローベリアは魔骸を飼ってるなんて噂を聞いちまったら、確かめないわけにゃいかねえだろ」


 災厄の魔石に汚染された魂。

 そんなものを抱えているなどという噂が真実ならとんでもないことで、それが嘘だとしても噂が出るに至ったなにかがあると考えたくなるのが件の国だ。


「エルフの森を切り開き、異国の教義を踏み躙るばかりか、今度は魔骸の秘匿か……」


 凪の草原のようであったシエルの声は低く沈み、まるで冬の海のように冷たく冷え切っていた。

 彼の故郷であるエルフの森は、過去、ローベリアに一部焼き払われ、削り落とされている。国と国を繋ぐ街道を作る名目で必要以上に切り拓かれた森は東西に大きく別たれ、いまはエルフの森と呼ばれる場所は西側の小さな森だけになっている。

 東側に置き去られた森は迷いの森に姿を変え、エルフ以外の侵入者を拒み続けているという。

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