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新たな港町

 港町ポルトゥスパトリア。

 アクティアファロスと異なり、此方は観光市街としての側面も持つ大陸一の港町だ。

 災厄の魔石が世に放たれてからもその役目を潰されることなく維持している理由の一つに、すぐ北にある機神公国アルマファブルの、大公直属の自警団が存在していることがある。自警団と名がついているものの実態は騎士団と自警団の混成部隊であり、騎士団の直下に市民を鍛えて形成した自警団が存在している。

 船を下りてまず目にするのがアルマファブルの紋章が入った武具を身につけている自警団という頼もしくありつつ何処か物々しい事態もまた、ポルトゥスパトリアの名物である。


「凄く今更だけれど」


 港に降り立ち、伸びをしながらヴァンが振り向くと、シエルが三人を見つめていた。

 金色の髪は海風を受けてさらりと靡き、二つの宝玉が陽光の祝福を浴びて煌めく。胸に抱かれた竪琴は黙したまま出番を待っていて、いまは優美な装飾で彼を彩っている。ただ其処に在るだけ、ただ話すだけの姿が、完成された芸術のよう。

 シエルの淡く色づいた唇が、再び言葉を紡ごうと開かれる。


「私も共に旅をしていいのかい?」

「いま言うかあ?」


 思わずといった様子でヴァンが笑う。

 ミアとクィンに至ってはどうしてそんなことを聞くのかと言いたげな、きょとんとした表情だ。


「まあでも、それは嬢ちゃんたちに聞くこったな。俺も立場はアンタと似たようなもんだし」

「おや、そうだったんだね」


 シエルの眼差しが、ミアへと向けられる。

 ミアは珠の如き色違いの瞳を瞬かせてから、不思議そうに小首を傾げて囀った。


「わたし、お船にいるときからずっとそのつもりでいたわ。ねえ、クィン」

「ええ。我々の旅が如何なるものか知った上でついてきてくださるなら、この上なく心強いです」

「……俺、それ知らねえけど」


 ヴァンの今更な言葉に、クィンは「そうでしたか」と悪びれもせず言ってのけた。

 話しながらも一行の足は街の中心部へと向かっており、それは同じ客船から下りた冒険者たちも同様であった。船旅に慣れていない者が足元をふらつかせたり、酒を飲みすぎて波酔いか酒酔いかわからなくなった者が片隅で蹲っていたりする中、市民と冒険者で賑わう港町の中心を目指す。


「しかし隠すものでもありませんが、吹聴するものでもないのです」

「そうね。それなら、お宿に着いたらお話しましょう」


 クィンに手を引かれながら、ミアが幼げな声で提案した。

 此方の港町はアクティアファロス以上に立派な宿屋が並んでおり、中には一泊するだけで馬車が買えそうな値段の上質な部屋まである。その他にも荷運びの魔獣を売っている店や魔石を加工したアクセサリの店が並んでいる中、食べ歩き用の軽食や菓子が売っている店が軒を連ねていたりと、何処を見ても賑やかで楽しげだった。

 そんな港町の民は、あらゆる人種のあらゆるパーティに見慣れている。

 常ならば、アクティアファロスの客船から冒険者が下りてこようとも、街の人の目が向くことはないのだが。しかし今日ばかりは違った。


「おい、見ろよ。なんだ、あのパーティは」

「ヒュメンと若エルフの混成はまだわかるとして、妖精と……フローラリア? 本物か?」

「この花の香りは本物だろう。にしたって……」

「世界一平和な種族が、なんだってこの大陸に来たんだ?」


 遠巻きにしながらも困惑を隠せない冒険者たち。市民も同様に、多くの人が行き交う港町でさえあれほど異色の組み合わせは見たことがないと、一行から視線を外せずにいた。


「ふふ。私たち、随分と目立ってしまっているねえ」

「そりゃそうだろ。俺以外、滅多に外に出ない種族ばっかなんだからよ」

「フローラリアの森はこの先の大陸にあるはずなのだけれど……外には出ていないのね」

「難しいでしょうね。すぐ隣のティンダーリアがあの状態ですから」


 人とすれ違う度、通りを進む度、人の目が一行を追う。

 吟遊詩人として旅をしているシエルには慣れた光景だが、ミアたちはそうではない。

 落ち着かない気持ちを抱えながら街中を進むこと暫く。四人は一件の宿の前で足を止めた。


「いい部屋があるといいね」


 シエルの言葉に頷きつつ、ヴァンが扉を開ける。

 その宿は三階建ての大屋敷風の作りで、外観に違わぬ立派な内装をしていた。従業員もまた宿の風情に相応しく、背筋の伸びた美男美女や壮健な若者で形成されていた。


「ようこそ、冒険者様。ご宿泊でしょうか」

「ええ。一泊お願いしたいのですが、四人で泊まれる部屋はありますか?」

「はい、ございます。此方へ」


 案内に従いカウンターへ向かうと、宿帳と羽ペンが差し出された。

 何処の宿屋も、貴族や騎士ならまだしも冒険者相手に身分証の提示を求めることはない。一筆のサインが宿と客とを繋ぐ唯一の糸であり、冒険者側もまた、それを理解しているからこそ胸の内に悪心さえなければ、自身の名に誇りと責任を持って綴るのだ。

 クィンも、これまでヴァンがしてきたように己の名を宿帳に綴り、宿代を添えてペンを返した。其処に記された名を見てヴァンが僅かに瞠目したことに気付きつつ、素知らぬふりで。


「……はい、確かに。ではお部屋へご案内致します」


 カウンター内にいた従業員が宿帳を手にクィンの顔をチラリと確かめる。顔というよりは、彼はクィンの目元に輝く魔石を見ていた。


「此方へどうぞ」


 別の従業員が一行を促す。

 部屋は二階奥、大きな四人部屋だった。ベッドは二つずつ並んでいて、中心にナイトチェストと卓上ランプが置かれている。


「食堂と浴場は一階にございます。食堂を利用せず、外でお召し上がり頂いても結構です。しかし食事代の差額をお返しすることは出来ませんので、ご了承くださいませ」

「うん。案内ありがとう」


 シエルがにこりと微笑み答えると、従業員は綺麗にお辞儀をしてから退室した。

 何とはなしにクィンが壁際、その隣にミアが、チェストを挟んで隣にシエル、窓際にヴァンが、それぞれベッドを選んで腰掛ける。ベッドも宿の重厚感に違わぬ立派な作りで、布団はやわらかく陽光をたっぷり含んでいた。


「んじゃ、聞かせてもらおうか」

「ええ。といっても既に察しているでしょうが……」


 そう前置いて、クィンは静かに話し始めた。

 静謐な自然洞の天井から滴る冷水のように、静かな声で。


「我々の旅の目的は、災厄の魔石を集めて終焉の魔石を再生し、それを封じることにあります」

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