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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
参幕◆奏海船と風の詩
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旅立ちの風

 数日後。

 船の準備が出来たとの報せを受けた一行は荷物を纏め、港に向かった。

 待機のあいだ充分港町を観光し、そのとき戦闘で荒れた広場周辺があっという間に復興する様を目の当たりにしたミアは、災厄の魔石や魔骸の恐怖に晒される中で生きる人々の力強さを知った。

 海風が吹き抜け、ミアの長い髪や花翼を悪戯に揺らす。


「わあ……! 近くで見ると、もっと大きいのね」

「凄えよな。こんなデカいもんが水の上に浮いてんだから」


 大きな瞳をきらきらと輝かせて何度も頷くミアの手を引き、クィンはヴァンに続いて乗船場へと向かった。渡航許可が下りにくくなっているのは事実のようで、見回してもあまり客がいない。


「乗船ですか? 許可証とタリスマンの提示をお願い致します」

「はいよ」

「どうぞ」


 クィンが船員に渡航許可証を提示している横で、ヴァンが服の下から牙の形に加工された魔石のペンダントを取り出した。船員がそれにペンデュラム型の魔石を翳して暫く待つと、三人に向けて「どうぞ、お通りください。良い旅を」と告げた。


「嬢ちゃん、足元気をつけろよ」

「ええ」


 クィンに手を引かれながら、ミアはそろりと舷梯を渡る。下を見ると港と船のあいだにある深い隙間が見え、思わず繋いでいる手をぎゅっと握った。

 中に入ると、想像していた以上に通路も客室も広く取られていた。壁には案内板があり、それによると食堂や娯楽室、ランドリーなどもあるようだ。


「外洋にも出る船だからか、設備が凄えな。さすがアクティアファロスの客船」

「私たちの部屋はこの先のようですね」


 住処の外にいるフローラリアと妖精が珍しいのか、港町以上に人の視線が一行を追う。港町ではまだ珍しくあるものの、妖精もフローラリアも森の奥に閉じこもる前は好奇心旺盛な種族であったことは広く知られているため、注目を浴びるほどではなかった。この大陸内であれば、まだ比較的安全も確保されているのだから。だが、海を渡る船の中となれば、話は別だ。

 船室に入って視線が途切れると、ミアはそっと息を吐いた。


「そうだわ。シエルは治ったのかしら……お船のお仕事があったのよね?」

「気になるなら、出港にあわせて甲板に出てみるか?」

「甲板? そこから見えるの?」

「見てのお楽しみってヤツだな。どうする?」


 ミアは一度クィンに視線をやり、彼が小さく頷くのを確かめるとヴァンに頷いて返した。


「よっし、じゃあ行くか。もうそろそろ出航だろ」

「ええ。クィンも行くわよね?」

「お供致します」


 大きな荷物を置いて船室を出ると、上のほうで帆を張る音がした。舷梯をかけていた扉は閉じており、間もなく出港という声が外から聞こえてくる。


「わぁ……! すごいわ! ねえクィン、空がとっても近いの」


 ヴァンのあとについて細い階段を上がると、其処は視界いっぱいの青空で、ミアは思わず感嘆の息を漏らした。


「空も綺麗だが、ほれ、向こう見てみな」

「なぁに?……あっ! シエル!」


 パッと表情を華やがせて駆け出したミアに、手を繋いだままのクィンが目を丸くしつつもついていく。二人の行く先には、陽光の如き金色の髪を海風に靡かせて佇むシエルがいた。


「やあ、久しぶり。こうして表で言葉を交わすのは初めてだね」


 翡翠の瞳をやわらかく緩めて微笑み、甘い声で語りかける。彼の歌声は万物を夢に浸らせるが、語る口さえもが花蜜のようだとは。ピエリスほどではないものの、ヴァンは彼を前にして己の才や有り様に絶望する者の気持ちが少しばかりわかるような気がした。


「声が出るようになったのね。良かったわ」

「ありがとう。君たちの旅立ちに、間に合って良かったよ」


 そう言うとシエルは船長に向き直り、懐から橙色の魔石がはめ込まれた星形のペンダントを取り出した。


「船長さん。私は、彼らの旅について行こうと思う」

「ミンストレル様!? それはいったい、どうして……」


 ざわめきが甲板に広がる。

 驚いたのはミアたちも同様で、彼がなにを思いなにを言うのか、じっと見守っている。


「私はピエリスの件で、自身の歌に迷いを見出してしまった。ミンストレルとは歴史の語部。歌に私情が混じってはいけない。それは迷いも同様だろう。謡うことに迷ってしまった私は、これ以上ミンストレルを名乗るわけにはいかないのさ」


 静まり返った甲板にシエルの声がこだまする。それは、《劇場》で聞いたときのように不思議な響きを持って、風を震わせる。

 船長は差し出されたペンダントを受け取ると真っ直ぐにシエルを見つめ、厳かに口を開いた。


「では、此方は私が責任を持ってお預かり致します。ジルエット様が迷いを捨てられ、この船へとお戻りになったそのとき、またお返し致しましょう」

「船長さん……」


 船員たちから、わっと歓声が上がる。

 彼らは皆口々に「お待ちしています」「お気をつけて」と言っており、誰一人彼が迷いを抱いたことを責める者はいなかった。


「しかし、此度の奏船歌は歌って頂きませんと。次を探す余裕がございません」

「ふふ。うん、勿論。最後の仕事はしっかりさせてもらうよ」


 目尻に涙を浮かべ、シエルは竪琴を構える。

 ふと、ミアがまん丸な瞳で己を見つめているのに気付き、にこりと微笑んだ。


「ミア。君も良かったら共に歌わないかい?」

「いいの? 皆、あなたの歌を待っていたのに」

「勿論。これは歴史の歌ではないし、元々奏船歌は船乗りたちの歌なんだ。皆が思い思いに楽器を奏でて、楽器がなければ樽を叩いて好きなように歌い踊ったものだよ」


 それならとミアが承諾すると、シエルはとろけるような微笑を浮かべた。


「野郎共! 出航だ! 航路はポルトゥスパトリア行きⅡ-003!」

「応!!」


 船長の号令で、船員たちが持ち場につく。

 そしてシエルもまた、竪琴に指を添えてしなやかにかき鳴らした。


《Shyera mare dea chuan rasah》

『風よ、海を征く波たちの喜びよ』


 ミアとシエルの歌声が重なる。

 恵まれた才を持つ者を『女神の祝福を受けし者』と表すことがあるが、二人はまさしく、女神の祝福ばかりか寵愛さえも受けて造型された一個の完成品だった。玲瓏たるしらべが船中に広がり、船室で寛いでいた者も、遊戯室でボードゲームを楽しんでいた者も、食堂併設のバーで早速酒瓶を傾けていた者も、誰もが手を止めて天上の鈴の音のような歌声に聞き入った。それは、魔石の力による偽りの魅了などではない、心から彼らの歌に傾聴するものであった。

 甲板で二人の歌を聞き、歌う姿を目にしていた者は言うに及ばず。無骨な船の甲板に神々の国の花園を幻視するほど。

 咲き初めの薔薇の露で染めたが如き愛らしい唇が紡ぐ鈴のように軽やかで甘い歌声と、晴れ空を纏う爽やかな草原を吹き抜ける清風を思わせる錚々たる竪琴の音色と、それに劣らぬ清廉な歌声。それらが重なり、とけ合い、共鳴する。

 帆が、船が、歓喜の声を上げる。海鳥たちさえ声を潜め、飛ぶことも忘れて帆柱で羽を休める。光り輝く一陣の風は船出の背を押して吹き抜け、旅人を祝福するかのように高く高く、青い空へと舞い上がった。


「旅立ちの風……」


 眩しそうに空を見上げる船長の呟きは、誰に拾われることもなく海風にとけて消えた。


【魔法種族】

読んで字の如く、魔法を使うことが出来る種族のこと。

エルフ、妖精、フローラリア、獣人、翼人、竜人などがこれに該当する。

但し魔法を使うのに向き不向きが種族ごとにあり、獣人は特に魔法適性が低い。というか、殴ったほうが早い。

獣属性の魔法は自身の肉体強化系が殆どなので、その点でも魔法種族っぽくない。

竜人のブレス、翼人の風鳴りなどを魔法に分類するか否かは、いまでも意見が分かれている。

全種族で魔法を使えないのはヒュメンだけだが、これには神話の時代から古代~近代へと移る際の出来事が関連している。

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