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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
参幕◆奏海船と風の詩
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祈りと願い

 外に出ると、異変はすぐに見つかった。

 街の広場、その中央に、巨大な黒い鳥が翼を広げて待ち構えていたのだ。

 漆黒の羽に、赤黒い瞳。胸には黒い石が埋め込まれており、心臓のように脈動している。鼓動にあわせて港町中に低い音が波紋のように広がり、その度に魔素耐性の低いヒュメンから侵蝕されていく。


「……第三段階の魔骸は二度目だな」

「第三段階?」


 不安そうな顔をしながら問うミアに、ヴァンは簡単に説明した。

 魔石に魅入られ、願いのために行動し始める第一段階。次いで魔石の侵蝕が進み、本人の能力を超えた力を使い始める第二段階。エレオスはこの段階で浄化された。

 そして、更に侵蝕が進んで人の自我と姿を見失い、歪んだ願いを表すかのような異形の姿になる第三段階。


「此処まで来ると、もう本人の自我は魔石に食われちまってる。あれはなんでそれを願ったのかもわからず、ただ願いのために暴走するだけの魔骸に過ぎねえのさ」

「それでも、成すべきことは変わりません」


 クィンの静かな言葉に、ミアとヴァンは小さく頷いてピエリスに向き直った。


【██――! ████――!!】


 巨大な鳥が悲鳴にも似た鳴き声を上げると、周りでぼうっと佇んでいた冒険者たちがミア一行を一斉に振り向いた。その目は何処までも空虚で、様々な人種にあった色の眼球が収まっているはずなのに、虚ろな眼窩だけが其処にあるかのようで、思わず息を飲んだ。

 冒険者たちはそれぞれ武器を構え、ミアたちへ向けた。意思のない目と殺意に満ちた切っ先が、容赦なく一行へと突きつけられる。

 ヴァンとクィンは、ミアとシエルを守るように、背中合わせで冒険者たちと対峙する。ヴァンは短剣を、クィンは対大人数用に蔓の鞭を構えた。


「おいおい、この数を相手にすんのかよ……」

「仕方ありません。ミア様」

「ええ、わかっているわ」


 胸の前で祈りの形に手を組み、ミアは決意を固める。願いには祈りを。歌には詩を。


《Sess mia. no titi tetiiss nacht musa endiella asferria-deae》


 ミアが歌い始めると、シエルも竪琴をかき鳴らした。竪琴の音色はミアの詩を支えながら二人の身体能力を底上げする効果があり、ヴァンとクィンは一瞬目を瞠った。


「おっふ……! あぶねえ、殺すとこだったぜ」

「気をつけてください。生かさず殺さず、そしてミア様とシエルに触れさせぬよう」

「注文が多いな、ったく!」


 元気な文句と共にヴァンが回し蹴りで三人纏めて吹き飛ばすと、蹴り飛ばされた冒険者が道脇に積んであった木箱や樽を巻き込んで倒れた。ガラガラと派手な音が響いても誰一人気を逸らされることなく立ち向かい、武器を振るっている。

 ふと、ヴァンは見るからに後衛装備の冒険者が、前衛職と同様に杖や魔道書を手に殴りかかってきていることに気付いた。本の角で殴られれば確かに痛いが、彼はどう見ても魔術師で、且つ魔力切れを起こしている様子もない。向かってくるからにはと蹴り飛ばせば、防具で守られた気配すらなく素直に吹き飛び、そのまま意識を失った。神聖術師らしき女性も、僧侶らしき青年も、誰もが己の戦い方を忘れて肉弾戦を挑んでくる。楽ではあるが、異様な光景だった。

 この異変にクィンも気付いたようで、何とも言えない表情をしている。


《Sess mia. yoa musa ssye-sra manafica asferria》

【――――、████、███、――――██、████!】


 ミアの歌声に、最早人の言語すら失ったピエリスの叫びが重なる。歌で心を届けたかったはずの女性はその心をも失い、歌声さえ忘れ、ただただ願いの残滓をまき散らすばかりとなった。赤黒い瞳はぎょろりと虚空を睨み、あれほど執着していたシエルが目の前にいても反応すらしない。

 黒い翼は飛ぶことも忘れて地べたで羽ばたき、砂と埃に塗れた風を巻き起こす。風が起きる度に視界が奪われるが、ヴァンもクィンも怯まず戦い続けた。


「あっ、ぶねぇな! 返品だオラァ!!」


 土埃に紛れさせて遠くから放たれた矢をつかみ取り、握り折ると、鏃を射手へと投げ返す。額と胸と腹に鏃を受けた射手はぐらりと後方に倒れ、建物から落下して視界外へと消えた。

 三本の矢を難なく握り潰して鉄の鏃を石塊のように投げつけたヴァンを、クィンが信じられないものを見る目で見た。


「……ヴァン、あなたグレイコングにでもなるつもりですか」

「ならねぇよ!? つか余裕だなテメェ!」


 軽口を叩くクィンの顔が険しいことは、ヴァンも気付いていた。戦い方がおかしいとはいえ港に集まっていた冒険者の殆どが意識を奪われ、手駒にされているのだ。捌いても捌いても湧いて出る冒険者の群を相手にするのは、骨が折れるどころではない。

 だがミアもシエルも、たとえ目の前を刃が過ぎろうと、放たれた矢が掠めようと、守ってくれている二人を信じて詩を紡ぎ、竪琴を奏で続けた。


「吟遊詩人ってのは器用な戦い方をするもんだな、っと」


 横目でミアとシエルを確かめたヴァンが、無貌にも素手で殴りかかってきた聖職者の青年を蹴り飛ばしつつ嘆息した。

 シエルの奏でる典雅な調べが、稚い花を守っている。彼の音がある限り僅かな悪意も彼女を侵すことは敵わないだろう。砂を纏った風は繊細な花翼を千切らんと暴れるが、天上の花園を思わせる美しい花たちは楽園の直中にあるかの如く、凛と咲き誇っていた。

 ヴァンは、シエルが要である歌声を封じられてなおこれほどまでに混戦の中を戦えるとは、正直思っていなかった。吟遊詩人に対する認識を改める必要がありそうだと感じた。


《――――Sess mia. yoa saddia fiella……!》


 そして、ミアが最後の詩を紡いだ瞬間、荒れ狂う風が止み、ミアの足元から花が咲き乱れ、甘い香りを纏った風が港町を駆け抜けた。一時海風を忘れたかのように花園の香が街を満たし、広場は妖精郷もかくやという花宴の園と化す。

 砂風に咳き込み、血を吐いていたヴァンの荒い呼吸が和らぎ、クィンの表情も穏やかなものへと落ち着いていく。

 暴走していた冒険者たちは糸が切れた人形のようにその場で頽れ、虚ろだった目に光が戻った。一部は我を取り戻して起き上がり、一部は我が身に起きたことが理解出来ず、呆然としている。


【████――――████――――!!!】


 そんな中、甲高い悲鳴を上げ、のたうちながら、ピエリスがボロボロと崩れていた。羽は爛れ、胸に巣くっていた石は一輪の花と化し、地に落ちる。肉体が崩壊し、純粋な魔素へと変換されて、か細い断末魔の歌を残して天へと帰っていく。

 巨大な体がぐらりと傾ぎ、花畑の中に倒れると、劣化し風化した石像のように全身が崩壊した。


「ピエリス……ごめんなさい……」


 残されたのは、黒い花心を持つ魔石の花のみ。

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