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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
参幕◆奏海船と風の詩
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侵蝕する歌

 風の音だけが、四人のあいだをすり抜けていく。

 エレミアでの一件同様、今回も誰の心にも悪意がないまま悲劇が始まってしまった。そしてその悲劇は、前回以上に目に見える形で牙を剥いている。


「ヴァンくんといったね。君にこれを預けておくよ」


 シエルは己が身につけているアクセサリの一つを外し、ヴァンに手渡した。澄んだ碧色の魔石を磨いて作ったイヤリングだ。


「これは?」

「魔力を帯びた音の波を遮る魔石だよ。君が囚われてしまうと大変だからね」

「……わかった。恩に着る」


 シエルがつけていた左耳にイヤリングをつけ、何となく気恥ずかしくて長い髪で覆う。我ながら野性味のある外見に繊細なアクセサリがつくのはどうにもむず痒いが、言っている場合ではない。


「……ッ! いけない……!」


 不意に、シエルが目を瞠って声をあげた。

 かと思えば《劇場》が解除され、三人は前触れなく宿の部屋に戻される。


「いったいどうしたのかしら?」

「これは……ミア様、階下でなにか起こっているようです」


 クィンに言われて二人も耳を澄ませる。と、最初こそ控えめだった人の声が徐々に大きくなり、最終的に大勢で怒鳴りつける勢いになっていった。


「吟遊詩人を出せ!」

「あとは此処だけなんだ! 隠し立てするとタダじゃ置かねえぞ!!」

「火ィ放って燻り出してやろうか!?」


 声量だけではない、言っているないようも物騒極まりなく、昨日までは聞いたことがないようなひどい言葉ばかりだ。港町は場所柄様々な人が集まるとは言え、場所は真昼の宿。此処まで治安が悪くなることなど通常ではあり得ないというのに、どうしたことか。

 三人が慌てて駆けつけると大勢の冒険者たちが宿の受付カウンターを乗り越えんばかりの勢いで迫っていた。受付の一人は襟首を掴まれて足が宙に浮き掛かっている。


「なにしてんだアンタら!」

「うるせえ! 関係ねえヤツはすっこんでろ!」

「テメェが泊まってる宿でバカみてえに騒がれて関係ねェ面してられっかよ!」


 力任せに引き離した際、ヴァンは一瞬眉を顰めた。

 僅かながら、掴みかかっていた男の手首を掴んだ手のひらに、まるで火傷のような痛みが走った気がしたのだ。手を見ても焼け跡など残っていない。だがあのチリつく痛みは幻ではなかった。

 暴徒と化した冒険者とヴァンが睨み合っていると、ふわりと花の香りが吹き抜けた。


《Sess mia no titi nacht musa》


 風と共にミアが歌を一節紡ぐと、先ほどまで殺気立っていた冒険者たちがぼうっとしたような、心此処にあらずといった表情になった。そしてその表情のままふらふらと外へ向かい、宿から出た瞬間ハッとなって辺りを見回し始めた。自身になにが起きたのか、なにをしていたのかわからない様子でお互い顔を見合わせ、首を傾げながら去って行く。


「魔石の干渉を感じたから紡いでみたのだけれど、やっぱり……」

「ええ。ピエリスは前回のようにはいきません。ミア様、お覚悟を」


 ミアは哀しげに目を伏せて頷き、宿の従業員へと向き直る。


「ごめんなさい。わたしたちは、あなたたちが守っていたシエルと会ったの。そして、そこで彼に街の異変を解決するよう頼まれたわ」

「……そうですか。では我々はこれ以上あなた方に隠す必要はありませんね」


 従業員たちが項垂れつつ話してくれた内容は大凡想像通りのものだった。

 ピエリスは、シエルの歌声を潰そうとしていた。バーの飲み物に喉が焼ける毒を仕込み、魔石の力で彼の声を手に入れようとしたのだが、すんでの所で逃げ出し、この宿に身を隠した。

 彼はいま毒の浄化を行っていて歌を紡ぐことが出来ない。それゆえピエリスからも街の人からも隠れていたのだが。

 青い香りをはらんだ風が吹き、初めて《劇場》の外にシエルが姿を現した。


「! シエル……出てきて大丈夫なの?」


 淡く微笑み、頷く。

 首をぐるりと一周するように刻まれた刺青の如き黒い痣が痛々しい。呪いの籠った毒はまだ彼を深く蝕んでいる。

 だが彼には最早逃げる意思はなく、決意を宿した眼差しでミアたちに手を差し伸べた。

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