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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
参幕◆奏海船と風の詩
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異変の火種

 ミアたちと別れて街に出たヴァンは、道具を買いそろえたあと、冒険者ギルドへ向かっていた。大型客船に乗ると手持ちが心許なくなるため、待機時間中にこなせる依頼がないか探すためだ。

 港町の冒険者ギルドは街の中央広場前にある。周辺には船を待つ冒険者や、大型客船を待たずに小型船で海を渡ろうとしている命知らずな冒険者、渡航許可証を持たずに来てしまった初心者や、ただ海と船が見たくて此処まで来たという観光気分の冒険者など様々いる。

 そんな多種多様の人波を抜けて、ギルドの扉を開ける。


「どうしてよ!!」


 瞬間、破裂するような女性の叫び声と硝子の割れる音がして、ギルド内が静まり返った。

 何事かと室内を見渡せば、ギルドカウンターで黒髪の女性が受付に食って掛かっていた。女性は叫ぶのと同時に手にしていたワイングラスを床に叩きつけたようで、赤いヒールを履いた足元には真っ赤な果実酒と硝子片が散らばっている。飛び散った破片が彼女の足首に一筋の切り傷を刻んでいたが、それにも構わず「何故」「どうして」と食い下がっている。


「ですから、此方の奏船歌は、船長殿が認めたミンストレル様でないと奏でて頂けないんです」

「だから! 認めさせてやるから会わせなさいって言ってるのよ!」

「船長もミンストレル様もお会いにならないと仰ってます。お取り次ぎは出来ません」

「どうして! 私のなにが不満だって言うの!?」


 受付は若い男のようで、海辺の民らしく日に焼けた肌をしている。セレステ柄のシャツと生成のハーフパンツという格好は、アクティアファロスではメジャーな普段着だ。足元は編上サンダルが主流で、気温が下がる真冬以外は、この街の住民はだいたい年中半袖サンダル姿で過ごしている。

 一方女性は、夜のバーで歌っていそうなタイトなドレスを纏っている。髪もドレスも黒で、靴と瞳は深い紅だ。色白の肌が良く引き立っていてとても美しいが、辺りを憚らない怒鳴り声と怒りに満ちた表情が全てを台無しにしていた。


「何とか言いなさいよ! この役立たず!」


 困り果てた表情で受付が顔を上げると、カウンター正面の出入口で所在なげに立っている新たな客が目に留まった。


「あの……他のお客様もいらっしゃいましたので、これ以上は警護兵に通報することになります」


 受付の言葉に、女性は背後を振り返る。入口で佇むヴァンを睨み付けてから、受付に向き直ると「このままで終わると思わないことね!」と叫んでカウンターに思い切り両手を叩きつけた。

 そして、ズカズカと大股でヴァンのほうへ歩み寄り。


「邪魔よ!」


 そう叫んで、体格の良いヴァンにも怯むことなく押しのけ、通り抜けていった。

 ヴァンの目に映る彼女自身は何の力もない女性で、武器や暗器を隠し持っているわけでもなく、特に警戒するほどのものでもなかったので放置したが、もしかしたらミアやクィンの目には違って映ったかも知れないと思った。それほどに、彼女のまき散らす怒りの念は凄まじいものだった。


「冒険者様、申し訳ございません。当ギルドへどういった御用でしょうか」


 さすがに接客のプロは慣れているようで、真っ先に我に返ると、ヴァンに声をかけた。偶然先の騒ぎに居合わせた他の客や職員も、気まずそうにしつつも自分の仕事へ戻っていく。

 カウンターまで寄って行き、ヴァンは一先ず壁に貼られた依頼書を眺めた。


「あの姉ちゃん、何だってあんないきり立ってたんだ?」

「実は先ほどの女性……隣の酒場で雇われていたバードなんですが、先日唐突に大商隊の交易船で歌わせろと交渉し始めるようになったんです」

「大商隊?」

「はい。大陸最大の商会、エファルティティ領主様の商船です。それを我々に言われたところで、どうすることも出来ないのですがね」

「エファルティティ……」


 顎に手を添え、ふむとヴァンが呟く。暫く考え込んでから、受付に向き直った。


「基本的に奏船歌をミンストレルが歌うのは、吟遊詩人なら承知の上なはずだろ? しかも、あの姉ちゃんは無職で金に困ってるってわけでもなさそうだ」

「はい。これまであんなことを言い出したことはありませんでした。それが、何故か急に……」


 困惑を表情に載せて受付が答えたとき、ヴァンの背後で扉の開く音がした。ドアベルがカランと涼しげな音を奏で、ヴァンがつられて振り向くと、其処にはミアとクィンがいた。


「やはり、此処にいましたか」

「なんだ、アンタらも来たのか」


 興味深そうに辺りを見回すミアの手を引きながら、クィンがヴァンと合流する。


「なにかあったのですか?」

「ああ、まあ、あったっちゃあったか」


 なにが何だかわかってないんだが、と前置いてから、ヴァンはクィンに今し方の出来事を二人に話して聞かせた。


「なるほど。彼女がそういうお話をする前後で、なにか変わったことはありませんでしたか?」


 ヴァンの説明のあいだも困惑が抜けない様子の受付に、クィンが訪ねた。受付は記憶を辿るが、思い当たる節はないようで、済まなそうに首を振る。


「関係あるかはわからないですけど、三日くらい前にピエリスさんがアクセサリーを購入なさっているのを見かけましたよ」


 其処へ、例の女性が割ったグラスを片付けていた女性従業員が話に加わった。


「アクセサリー?」

「ええ。私は買い出しの途中で見かけただけなんですけど、露店通で変わった魔石のペンダントを購入されてました」


 ミアの問いに、女性従業員はやわらかな笑みを作りながら答える。思い出そうとするときの癖になっているのか、人差し指を顎に添えながら真上を見るポーズで暫く唸っていたかと思うと、ふと「あっ」と声を上げて、ミアに視線を合わせるべく前屈みになって両手を膝についた。


「そうそう、その石がピエリスさんの髪みたいに真っ黒だったんです。真っ黒い魔石なんて珍しいですよね?」


 その特徴を聞いた途端ミアは背筋が粟立つ心地になったが、表に出さないよう必死に息を飲み、どうにか頷いた。


「……その方はヒュメンのようですから、魔石の影響を受けたのかも知れませんね」

「確かに、可能性はありますね。私どものほうでも調査を進めて参りますが、もしなにかわかったことがございましたら、どうかご一報願えますか? 勿論、報酬はギルドからお支払い致します」


 クィンの言葉に頷きつつ、受付は手早く依頼書を作成した。

 それは決してギルドの掲示板に張り出されることのない、密やかな依頼。漆黒の魔石とバードの異変に関する調査と書かれたそれは、渡航許可証と共にクィンの懐へとしまわれた。

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