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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
参幕◆奏海船と風の詩
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エルフの森の小劇場

「さて、どの宿にすっかな」


 道の中ほどで、ヴァンが辺りを見回す。ミアもその隣で同じように周りを眺め、ふと一軒の宿に目を止めた。


「ねえヴァン。あのお宿はどうかしら?」

「ん? ああ、まあ……ある程度しっかりしてりゃ、そんなに拘りもねえからいいけどよ。なんか気になるのか?」

「ええ……」


 ミアが指したのは、船の形の看板にベッドの絵が描かれた三階建ての宿だ。エレミアで泊まった母子の宿と比べるとだいぶ大きいが、アクティアファロスでは目立つほどではない平均的な作りの宿だ。入ってすぐにロビーがあり、奥が食堂と浴室になっていて、二階以上に客室がある。周囲にある他の宿もだいたい似たような作りで、一見して目立つ特徴はない。

 だというのにその宿を指定したのはどういうことかとヴァンが訊ねると、ミアは少し考えてから宿の上階を見上げて答えた。


「詩が聞こえたの。一瞬だったし、気のせいかも知れないのだけど……わたしがエレミアで聞いた歌声に似ていたわ」

「エレミアでというと、劇場を使用したミンストレルでしょうか」

「そういや、あのミンストレルがなんで嬢ちゃんに接触してきたのかもわかってねえな。んじゃ、此処にすっか」


 扉を開けて中に入ると、受付カウンターで従業員と思しき人たちが数人、固まってなにか話しているところだった。外側を向いている一人が一行に気付き、小さく声を上げる。


「失礼致しました。ようこそ、お客様」


 カウンター内にいる男性一人がお辞儀をすると、他の従業員も同様に頭を下げて場所を空けた。全員揃って、妙に表情が冴えないことが気にかかる。


「なんか取り込み中か?」

「いえ……」


 受付の男が言い淀んだとき、ミアがカウンターの左右から延びる階段の上を見上げた。


「あ……また」

「聞こえたのか?」

「ええ。さっきはわからなかったけれど、今度ははっきり聞こえたわ。間違いなくシエルの声よ」


 ミアがそう言うと、従業員たちの顔色が変わった。その様子は、言葉にするまでもなく、なにかあったと言っているようなものだ。


「此処にミンストレルが泊まってるみてえだな」

「……それは……」


 すぐさま否定しないということは、肯定しているも同然である。しかしヴァンがこれ以上彼らに事情を訊ねても、輩が脅している構図にしかならない。どうしたものかと思っていると、クィンが前に進み出た。


「ヴァン。彼らにも事情があるのでしょう。……失礼致しました。此方、お部屋は空いておりますでしょうか。客船を待つので、五日ほど連泊したいのですが」


 そう言って、クィンは渡航許可証を差し出した。

 クィンがすらすらと口上を述べる様子をミアとヴァンが同じ表情で見つめていて、従業員たちも同様にぽかんとして聞いていたが、ハッとなってクィンの差し出した許可証を受け取った。


「これは、エレミアの……失礼致しました。お部屋は御座います。二部屋でよろしいでしょうか」

「いえ。一部屋で、ベッドだけ別でお願いします」

「畏まりました。……では、301号室のご案内となります」


 手続きを済ませて鍵を受け取ると、一行は案内図に従って部屋を目指した。

 部屋は三階奥で、ベッドは三つ。二つが隣り合っており、一つだけ壁際に置かれている。ミアを迷わず壁際のベッドに座らせると、クィンは傍らに控えた。


「執事さんも、港町ではベッドで休んだほうがいいぜ」

「……そうですね。このあとは外洋に出るのですから」

「魔素酔いの心配はしてねえが、波酔いも備えるに超したこたねえからな。嬢ちゃんもだぜ」

「ええ。気をつけるわ」


 そんな話をしていると、ミアが部屋の外に目をやった。その様子は、扉を透かしてその向こうを見ているようでも、聞こえるはずのない声を聞いているようでもある。


「嬢ちゃん」

「また……彼が呼んでいるわ。宿の人の様子がおかしかったのと、なにか関係があるのかしら」

「さあなァ。けど、此処にいるのがわかってんなら、会いに行ってみるか?」


 ミアは暫く考えてから頷き、クィンを見上げた。


「クィンも来てくれる?」

「畏まりました。お供致します」


 そう、クィンが答えたとき。部屋の様子が一変した。

 まるで、舞台が暗転するように。紙芝居の絵を一枚引き抜いたように。瞬きの間もなく、一瞬で部屋の様子が切り替わったのだ。

 周囲は一面の草原。空は青く澄み渡り、吹き抜ける風は爽やかで優しい。だというのに、ミアは胸を締め付けられるような寂寞を覚え、涙を零した。


「やあ。待っていたよ」


 穏やかな声に顔を上げれば、三人の前に美しいエルフの青年が立っていた。

 やわらかな金色の髪に、透き通った翡翠の瞳。滑らかな白肌に、それを引き立てる白いローブ。金糸の装飾と繊細な魔石のアクセサリーが髪や衣服、手指を飾っているのに華美がましさがない。それどころか、どんなに優美な装飾も、彼の持つ美貌の前では単なる引き立て役でしかなかった。


「エレミアでは悪いことをしたね。驚かせるつもりはなかったのだけれど」

「いいのよ。クィンも許してくれたわ。それに、なにか理由があったのでしょう?」

「……君は優しいね」


 寂しげな微笑を浮かべて言うと、青年は改めて三人を見回して一礼した。


「こうしてちゃんと話すのは初めてだね。私はエレ・シエル・ジルエット。見ての通り、エルフの吟遊詩人さ」


 シエルの声は草原を抜ける風のようにやわらかく、頬を撫でる春の陽のように優しい。なのに、ミアにはどうしても拭えない寂しさを感じる気がして胸元を小さく握った。


「私の劇場に招待したのは、君たちに頼みたいことがあるからなんだ」

「頼み?」


 ミアが聞き返すと、シエルは静かに頷いて続けた。


「この街に、魔石が紛れ込んでいる。……災厄の魔石の欠片がね」

「っ……!」


 不吉な言葉に、三人が息を飲んだ。

 港町は、魔素の気配が強い。それだけでヒュメンが体調を崩すことはないが、ただでさえ魔素を探知する能力が低いのに、此処では海の気配に全ての魔素が紛れてしまう。

 なにより災厄の魔石の欠片は、ただあるだけでは、通常の魔石の欠片と然程気配が変わらない。あれは、人や魔物に取り憑いて初めて本性を露わにする性質を持っている。そして取り憑く相手を見つけると、そのものにとってなにより魅力的なものに見えるよう幻惑する。取り憑いてからも、すぐに変容するとも限らない。潜伏して機を窺うこともあり、そうなると見つけるのはより困難になる。

 アクティアファロスもエレミア同様、人の出入りが激しい大きな街だ。誰が手にしてしまってもおかしくない。

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