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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
参幕◆奏海船と風の詩
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港町アクティアファロス

「どれに乗るかはまだわからんが、一先ずギルドで手続きしないとだな」

「ねえヴァン、わたしも傍で見ていてもいい?」

「おう、見とけ見とけ。嬢ちゃんも自分で手続き出来るようになっといたほうが便利だからな」


 アンタもな、とクィンに視線をやって言うと、クィンは小さく頷いて着いてきた。

 港町の建物は全て海風に強い焼き石で出来ており、窓枠と扉の素材は、防風林にも使われているセレステの木が使われている。街を見渡せばそこかしこにセレステの木が植えられており、晴れた空に似た薄青色の大きな花が咲いているのが見える。濃い碧色の葉と空色の花、そして目に眩しい純白の焼き石で出来た街並みは、観光の目玉の一つだ。

 足元は石畳で舗装されており、道なりに進むと入口から然程遠くないところにギルドがあった。此処にも窓辺にセレステの木があり、爽やかな海風に揺られている。


「邪魔するぜ」


 ヴァンが声をかけながら扉を開けて先行し、その後ろをミアとクィンが続く。大陸の玄関口でもある港町の渡航者ギルドは大きく、冒険者用の受付窓口だけでも五つ並んでいる。

 渡航申請の窓口を探して向かうと、意外にも許可を求める人はヴァンたちしかいなかった。


「西大陸への渡航ですか」

「おう。船はあるか? 旅慣れてない連れがいるんで、出来れば客船か大型商船がいいんだが」

「少々お待ちください」


 受付の男が書類を確認し、記録用の魔石を用いた板状の記録媒体に触れる。すると、男の手元に青白い光の壁が浮かび、その中に無数の文字列が流れた。川の如く流れ落ちる文字列を暫し眺めていたかと思うと、受付は顔を上げてすまなそうに眉を下げた。


「申し訳ございません。商船は先ほど出たところでして。次に大きな客船が出港するのは五日後となります」

「五日後か……まあ、悪くはねえか。無理して小型船で行っても、どっちにしろ海酔いで動けなくなりそうだしな」

「では、申請を出しますので許可証をお願いします」

「許可証は……っと、そうだな」


 傍らのミアを見下ろすと、鞄から許可証を取り出してヴァンに差し出していた。だが、ヴァンはそれを受け取らずにミアの背後に回ると、両脇を掴むようにして抱き上げた。


「きゃ……!」


 幼子に高いところを覗かせるような格好で、背の高いカウンターから顔を出させた。その隣ではクィンが若干渋い顔でヴァンを見ているが、お構いなしに話しかける。


「嬢ちゃん、自分で渡しな」

「えっ、わ、わかったわ。ええと、これでいいのかしら……?」

「はい、畏まりました。少々お待ちくださいませ」


 ミアが困惑しながら差し出すと、受付は笑顔で応じて許可証を受け取り、中を改めた。

 しかし、其処に書かれていた文言を目にするや目を瞠り、ミアと許可証を何度も見比べた。当のミアはヴァンに抱えられたままカウンターに手をかけ、緊張した様子で見守っている。


「ミア様と、クィン様、ヴァン様でよろしいでしょうか?」

「おう」


 ミア、クィン、ヴァンと順に視線をやりながら訪ねる受付に、ヴァンが頷く。滅多に見ることのないエレミア王家直々の賓客用渡航許可証にだいぶ信じられない気持ちになりつつも、少なくとも受付自身はヴァンの名と姿に覚えがあるため、納得せざるを得なかった。


「確かに、確認致しました」


 青いインクでアクティアファロスの印を捺すと、受付はミアに許可証を返却した。其処でやっと床に下ろしてもらえたミアは、ホッと息を吐いてクィンに許可証を渡した。


「んじゃあ、宿を探すか。五日あることだし、嬢ちゃんは明日にでも観光するといい」

「そうね。海沿いの街も初めてだから、楽しみだわ」

「ごゆっくり」


 にこやかに手を振る受付に見送られ、一行は街に出た。


「宿の探し方だが、五日連泊するならあんまり酒場と共同だったり規模が小せえところは選ばないほうがいいぜ」

「どうして?」

「酒場があると遅くまでうるせえし、ベッドの質が劣るとどうしても疲れるだろ。冒険者ってのはただでさえ野宿が多いんだ、宿に泊まれるときくらいはしっかり休まねえとな」

「わかったわ」


 クィンと手を繋ぎながら、ヴァンのあとに続いて港町を歩く。エレミアとはまた違った賑わいに好奇心を擽られ、見るもの全てを目に焼き付けるかの如くあちこち見回している。


「ねえヴァン、港町の人たちは普段使うお水をどうしているの? こんなに海が近かったら井戸はあまり使えないわよね?」

「おう。だからこの街には浄水施設があんのさ。ほれ、向こうに見える丸い屋根のあれがそうだ」


 そう言って、ヴァンは片腕に座らせる形でミアを抱き上げた。そして、もう片方の手で道の先を指し、半球体の屋根が乗った建物を指差す。


「あの施設が、港町の生活を支えてる浄水場だ。海水から魔素を取り除いて、浄化した水を使う。んで、除いた魔素は海へ還すか、水のエーテルに加工して魔術師に売る」

「すごいわ。そんな施設があるなんて……錬金術っていうのよね?」

「おう。ヒュメンが魔素に満ちた世界で生きてくための知恵だな、っと」


 地面に下ろされると、ミアは再びクィンと手を繋いで歩き出した。

 アクティアファロスは、世界で初めて海水を浄水利用する仕組みを開発した街であり、いまでは世界中の港町や海岸沿いの施設で使われている。海水は魔石に次いで濃密な魔素を含む自然物で、ヒュメンは海水をグラス一杯飲んだだけでも重篤な魔素酔いを起こしてしまう。魔素以外の成分はほぼ含まれていないため無味無臭ではあるが、魔素の気配は魔術適性のない者でさえわかるほどに濃いため、浄水と間違えて飲む可能性は殆どない。

 船乗りは皆魔素避けのお守りを身につけており、ヒュメンは旅行客であっても渡航時はお守りを携帯することが義務づけられている。そのため、港町では旅行客に向けてアクセサリー風に装飾を足した魔素避けが売っていることが多い。

 宿へ向かう道すがらにもアクセサリー屋があり、魔素避けのお守りも共に並んでいた。それらを横目に、一行は中心街を目指した。

 此処は大陸間の移動を目的に作られた街で、規模としては港と街が半々程度という、然程大きくない街だ。しかし、到着してすぐ馬車でエファルティティやエレミアに向かう者ばかりではない。近隣は小さな漁村や農村ばかりであるため、冒険者のための宿は此処にしかない。

 王都エレミアには劣るが、軽く見渡しただけでも立派な宿がいくつか見つかった。


「何だかこの街は、お宿と酒場が多いのね。ギルドのすぐお隣にもあったわ」

「まあなァ。港町とはいえ観光メインの街ってわけでもねえし、此処に留まるのは船乗りと冒険者くらいのもんだからな」


 店先の看板は、酒瓶か宿屋を示すベッドの絵が描かれたものが多い。武器や防具などの冒険者に必要なものの店はギルド周辺に多く見られたが、宿と酒場はそれこそ街中に点在している。


「そういや、そろそろ酒場にも慣れたほうがいいか」

「酒場に?」


 首を傾げるミアに、ヴァンは頷きながら答える。


「ああ。なんかあったとき、情報を得るなら酒場が一番なんだ。とはいえ切羽詰まってから初めて行くんじゃ、雰囲気に飲まれて情報収集どころじゃなくなっちまうかも知んねえからなァ」

「気持ちの余裕があるうちに、酒場の空気に慣れたほうがいいということですか」

「そういうこった」


 故郷では勿論、エレミアでも日暮れと共に就寝していたミアにとって、酒場どころか夜の街さえ初体験となる。ヴァンは既に緊張している様子のミアを笑って見下ろし、頭を撫でた。

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