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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
参幕◆奏海船と風の詩
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遠い夢の記憶

 護衛馬車に揺られること、三日目の夜。

 間もなく港町アクティアファロスが見えてくるというところで、一行は馬車を止めて野営をしていた。火を焚き、御者は馬の傍につき、騎士は馬車の傍に佇む。

 まるで王族か貴族の護送さながらの旅は一介の冒険者にあるまじき仰々しさで、ミアとクィンはともかく、ヴァンは何とも言えないむず痒さを覚えていた。しかし三日目ともなると、不慣れではあるものの一種の諦めが芽生えてくるもので。騎士たちが守護する馬車の中で休息をとっていた。

 ヴァンの正面には、クィンの膝枕で眠るミアの姿がある。なにを案ずることもない安らかな顔で眠る少女の姿は、これまでのヴァンの人生には殆ど縁がなかったものだ。記憶も掠れるほど昔の、幼少期にはあったのかもしれないが、それは最早失われた過去でしかない。

 誰かに庇護される夜など、どれくらいぶりだろうか。野宿は勿論、宿に泊まったときでさえ人の動向に気を配っていなければならなかった。冒険者という職業は、言ってしまえばならず者に名を与えただけのもの。一定の審査はあれど、誇張なしに武器さえ持てれば誰でもなれる職種である。それゆえ一口に冒険者と言っても人員の質は様々で、前金を持ち逃げして指名手配されるような、無頼の輩と大差ない者もいれば、実績を上げて信頼を勝ち取っていく誠実な者もいる。

 ヴァンはいつだって、その中間にいた。依頼金をせしめることはしないが、受ける依頼は選ぶ。好奇心と警戒心を飼い慣らし、己の実力を正しく理解して生きて来た。それは、彼が冒険者となる前――ただの幼い浮浪者だった頃に身につけた死活の技術だった。


「ん……」


 ふと、ミアが小さく身動ぎをした。彼女の肩に手を添えて、自身も目を閉じていたクィンが薄く目を開いて、稚い寝顔を見下ろす。ヴァンもそれとなく視線を送ってみるが、魘されているというわけではなさそうだ。


「…………お……かぁ、さま……」

「……っ」


 ミアの唇が小さく寝言を紡いだとき、息を飲んだのはどちらだったか。閉ざされたままの瞼から涙が伝い落ち、クィンの膝を濡らす。

 夜明けと共に、馬車が動き出した。その僅かな揺れでミアが薄く目を開け、数度瞬きをしてからゆっくりと体を起こした。


「おはよう、クィン……足は痛くない?」

「おはようございます。私は問題ありません。ミア様こそ、お疲れではありませんか?」

「わたしはへいきよ。横になれるだけでずいぶん楽だわ」


 起き上がったことで肩からずり落ちた掛け布を纏い直し、小さく息を吐く。

 三日に及ぶ馬車旅は、徒歩とはまた違った疲れを感じるもので。急ぐ旅ではないにせよ、送迎の騎士を長々拘束するわけにもと出来る限り走り続けた結果、一行は気分転換に一時外へ出る以外はずっと座り通しだった。


「……あのね、クィン。さっき、お母さまの夢を見たの。旅のきっかけになった夢よ」


 窓の外が明るくなり出した頃。ミアがぽつりと呟いた。

 語りかけている対象はクィンだが、狭い車内ではヴァンの耳にも当然入る。それを知った上で、ミアは続ける。


「お母さまは、ずっとわたしを見守ってくれているのね。わたしが、しっかりやり遂げるように。ちゃんと旅を終わらせられるように……」


 ミアの言う『旅』の響きには、何処か悲壮感が滲んでいるように感じられる。ヴァンが視線だけ上げてクィンの顔をチラリと盗み見ると、それに気付いたクィンがヴァンに目をやった。


「どうかしましたか」

「……いや。もう一刻もしないで着くから、準備だけしておけよ」

「ほんとう? それじゃあ、もうすぐ海が見られるのね」


 ミアが僅かに表情を明るくさせて、窓の外を見た。広い街道、果てのない草原に、地平線を時折遮る高い山々。見慣れた内陸の景色が、徐々に変わっていく。

 森の奥にある妖精郷で生まれ育ったミアは、花咲く森以外の景色を知らない。エレミアの街でも北大森林でも、この大陸である程度生活してきた人なら知っている物事にも目を輝かせ、好奇心を露わに新鮮な知識を吸収していた。

 そんなミアの旅の一ページに、間もなく海や船、港町が追加される。


「間もなく到着致します」


 ふと、御者の低く落ち着いた声が、馬車の中に飛び込んで来た。ミアは待ちきれない様子で窓の外を覗き、未知の景色に感嘆の息を漏らす。

 ややあってから馬車がゆっくりと減速し、港町の入口にある馬車駅に停車した。エレミアほどの立派な駅舎ではないが、馬を繋いで飼葉と水を与えられる場所と人が乗降するための場所が別れていて、厩のほうには港町で飼っている馬車馬がゆったりと休憩している。

 先にヴァンが降り、クィンが降りるとミアに手を差し出した。その手を取って馬車を降りれば、爽やかな海風がミアの淡い金色の髪をそっと撫でて通り過ぎていく。


「お疲れさまでございました。我々はこのまま城へ戻ります。道中お気をつけて」

「こちらこそ、ほんとうにありがとう。とっても助かったわ」


 一行に一礼すると、エレミアの騎士たちは厩のほうへと向かっていった。一仕事終えた馬たちを労ってから戻るのだろう。さらさらのたてがみを撫でながら水を与えている。


「エレミアのお馬さんはとても頼もしいわね。体も大きいし脚も太くて立派だわ」


 港町の入口へと向かいながら、ミアは目を輝かせて声を弾ませた。これまでの道中、四頭の馬は僅かな水と餌だけで一行を港町に運んできた。三日目でさえ決して疲れを感じさせない、安定した走りで。


「エレミッシュエクゥスは荷運びも馬車馬も両方こなせる万能型の魔獣だからなァ」


 ミアとヴァンの見つめる先には、飼葉の上で休憩する四頭の馬、エレミッシュエクゥスがいる。太めの体躯とどっしりとした脚、太く長いさらさらの尻尾と踝付近を覆う長い体毛が特徴の馬だ。ヴァンの言葉通り、馬車や荷車を引くだけでなく人を乗せて走ることも出来る種類で、エレミアの王族は一人一頭はこの馬を所持しているほど愛されている。


「そういやあ、魔石戦争以降は外交用の貢ぎ物にもなってるって話だぜ」

「そのお話は少しだけ聞いたことがあるわ。ティンダーリア王国へ贈られたときは、王国に因んでたくさんのお花でおめかししたのですって」

「其処から生まれたのが、ティンダーリア名物花馬車だな。世が世なら拝んでみたかったぜ」

「そうね。わたしも見てみたいわ。……だからこそ、がんばらないと」


 両手を胸の前でぐっと握り締め、気合いを入れているミアを視線だけで見下ろし、ヴァンは頭の上にそっと手を乗せた。ヴァンを見上げる色違いの大きな瞳に、ニッと笑顔を映して見せる。


「気張るのはいいが、俺が大森林で言ったことも忘れんなよ」

「ええ。休息を正しく取るのも、一人前の冒険者に必要なのよね」

「そうだ。……ほれ、見えてきたぜ。あれが奏海船……そんであっちが、港町だ」

「わあ……!」


 ヴァンの指すほうを見たミアは、丸い瞳を一層大きく見開いて、感嘆の息を漏らした。その横でクィンもわかりにくいながら初めて見る船に目を瞠っており、ヴァンが満足げにくつくつ笑う。

 アクティアファロスは妖精郷のあるこの大陸と、隣の大陸とを結ぶ海の玄関口である。奏海船と呼ばれる『奏石』を動力とした船はアクティアファロスの重要な産業の道具であり、観光名物でもある。外洋に出る船はどれも見上げるほど大きく、マストは三本。そのうち一本に横帆が張られている。最も大きい船は、アクティアファロス最大の豪商が持つ船で、それだけは全ての船に横帆が張られていて、屋号がメインマストに描かれている。

 港のほうからは積荷の上げ下ろしをする乗組員たちの声が聞こえてきて、活気が伝わってくる。水の魔素をたっぷりと孕んだ海風を受けながら、ミアは期待に胸を膨らませた。

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