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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
弐幕◆降り注ぐ星の詩
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晴天の下へ

「良かった。無事に許可証がもらえそうで安心したわ」

「ええ。発行を待って、大陸を南下致しましょう」


 クィンと手を繋ぎながら、ミアは足取り軽く城下町を行く。彼らの行き先は街の西側、吟遊詩人記念広場だ。初代吟遊詩人にして国を興した初代エレミア国王でもあるエレマイアの石像が広場の中心に聳えており、周辺は花壇で装飾されている。王子たちや国王にも見られた、橙色の髪と淡い金の瞳はエレマイアの特徴で、王族の直系男子に代々受け継がれてきた。

 広場のすぐ傍には世界で唯一吟遊詩人登録所のあるギルドがあり、吟遊詩人の卵たちは、此処で許可を得てから試練の地である静謐の洞へ向かう習わしだ。


「わあ……! 此処の広場も素敵ね。色々な歌が聞こえてくるのに、不思議と調和していて、でも一つの歌を聞こうとするとちゃんと聞こえるの。不思議だわ」


 晴れ空の下、大きな瞳をきらきらと輝かせて、ミアは記念広場の歌声に耳を傾けた。あちこちで吟遊詩人が歌を奏でていて、そうでない住民も鼻歌交じりに仕事をしている。誰もが自分の好きな歌を紡いでいるのに、隣人の歌を邪魔するようなことがない。決して騒音にならない歌の調和は、ミアの胸を大いに弾ませた。


「ねえ、気になったのだけど、詩と楽器を使ったお仕事ってバードとミンストレルがあるのよね。それってどう違うの?」

「見てみな」


 ミアが二人に訊ねると、ヴァンが屈んでミアの視線にあわせ、広場で演奏している人を示した。其処には噴水の前で情熱的な恋の歌を歌っている人と、木陰で子供たちに物語を謡い聞かせている人がいる。


「あの若い姉ちゃんらに囲まれて謳ってるほうが囀る者(バード)だ。んで……」

「彼方で史実を謡い聞かせているほうが、語り継ぐ者(ミンストレル)です」

「エレミア王国公認吟遊詩人は、ミンストレルのほうだな。なにせ彼らが謡うのは主観を限りなく排除した事実でなきゃならねえ。自国の人間を勝手に英雄にしたり、気に入らねえ誰かを悪し様に謡うような輩じゃ、ミンストレルとは言えねえんだ」


 二人の説明を受け、ミアは納得した顔で頷いた。

 丁度広場では、バードの男性が客の女性に恋歌を聞かせている。彼らは自身の経験や見聞きした出来事を個人が特定できないよう味付けをして、万人に響くような歌に変える。ハッピーエンドも悲恋も、友情物語も冒険譚も、バードは自由自在に謳うことが出来る。依頼をすれば個人の物語を歌にしてもらえることもあり、それで日銭を稼いでいるバードもいるようだ。

 一方ミンストレルは、事実を事実のまま語り継ぐことが仕事である。ゆえに、個人からの依頼は一切受けてはならず、彼ら自身で世界の有り様を見極め、公平に歌を紡がなければならない。

 公認吟遊詩人には毎月エレミアにあるギルドから支援金が支払われるが、それだけでは足りない場合がある。抑もがミンストレルの特性上、旅をしていて、エレミアやギルドのある街から離れていることが多い。そのためバードと違い、ミンストレルは歌以外で生活費を稼いでいる者が殆どである。


「そういや、ミンストレルの仕事にもう一つ大事なのがあったな」

「もう一つ?」


 ミアの不思議そうな視線を受け、ヴァンが頷く。


「奏船歌だ。これが港町じゃあ重要でな、腕のいいミンストレルは交易船と契約してることもあるくらいなんだぜ。ミンストレルが歌だけで食ってくなら、これが一番だな」

「奏船歌には、船の動力である奏船石に歌で魔力を込める他、フィルメシュ族へ侵害の意思がないことを伝える目的があります。とはいえ、後者は現在殆ど飾りとなっているようですが」


 依然不思議そうな表情のままのミアに、クィンが補足説明をつける。外を知らずに育ったミアにとって、旅そのものが新たな発見と勉強の連続だ。


「フィルメシュって、海の乙女よね? 大きなお船がおうちの近くを通ったら驚いてしまうから、歌で教えるのね」

「そういうことです」


 航路が確立され、定期船は決まった時刻に決まった航路を通ることになっているいま、やむなく時間外に海を渡らなければならないときを除けば、フィルメシュへの捧げ歌の意味合いは薄い。

 過去にはいくつも船を沈められたことがあるようだが、彼女らが歌を交流手段にしていることに倣って歌を捧げたところ、見張られはしたものの沈められることなく通ることが出来た。それから船で海を渡るときは、ミンストレルを雇って歌ってもらうのが通例となっている。ミンストレルを雇えない小さな船は、船員の一部が楽団を組んで音楽を奏でることもあるという。


「歌が船を動かすなんて、素敵ね。港町に行く楽しみがまた一つふえたわ」

「そうだなァ。腕のいいミンストレルの歌は奏船石を輝かせるばかりか、旅立ちの風を呼ぶこともあるって話だ。会えるといいな」

「ええ、ほんとうに。ぜひ会ってみたいわ」


 話しながら広場を抜け、横道を通って凱旋広場前の大通りに出た。この通りには例の大きな宿があったことを思い出したヴァンが視線を巡らせると、なにやら宿の前に人だかりが出来ていた。


「なんだ? 城の警備騎士があのでけえ宿に来てるな……」

「警備騎士って、ええと……お城の警備の他に、街でなにかあったときにもお仕事をする人だったかしら」

「おう。どうも捜査の手が例の宿に入ってるみてえだな」


 気になったヴァンは、ミアとクィンを待たせて人混みに近付いていき、野次馬をしている住民に何事なのか訊ねた。近所の商店主曰く、この宿は貴族や稼ぎのいい冒険者のみを泊めて、宿泊客を洗脳、支配していた疑いがかけられているのだとか。先ほどミアの詩が街中に広がった際、宿からなにかが割れるような大きな音がして、不審な影が逃げるように街の外へ去ったという。


「割れ物? 揉めてお高い壷でも割れたってのか?」

「いやあ、何でも香炉らしいねえ。中からこの大陸では見られない薬草と、石をすり潰したような細かい砂が出てきたとか」

「逃げた不審人物が支配人だったんじゃないかって、国際指名手配にかけるつもりらしいけど……変なんだよ。従業員の誰一人、自分が誰に雇われてたか覚えてないんだと」

「へえ、妙なこともあるもんだな」


 礼を言って人だかりから離れ、二人の元へ戻る。心配そうな表情で見守っていたミアの頭に軽く手を乗せて撫でてから、ヴァンはクィンに聞いてきた一部始終を話した。

 凱旋通りを横断する形で抜け、一行はエスタの宿を目指す。街の東側にある職人広場の通りは、凱旋広場方面の騒ぎを気にしつつも、普段の賑わいを取り戻しているようだった。


「お嬢ちゃん!」


 職人通りを歩いていると、正面から見覚えのある人影が駆けてきた。ミアは大きな瞳を更に丸く瞠り、思わずといった様子で走り出す。

 その人影は、城で地下に連れて行かれたはずの、パン屋の女主人だった。


「おばさま……!」

「ああ、よかった……お嬢ちゃんも無事だったんだねえ」


 道の中程で抱き合い、互いの無事を喜び合う。涙の滲んだ瞳で見上げれば、女主人は目尻に皺を刻んで眩しそうにミアを見下ろし、娘か孫にするような優しい手つきで頬を撫でた。


「おばさま、わたしとっても心配したのよ。騎士さまたちに連れて行かれてしまって、どんな怖い思いをしているのかしらって……」

「それがねえ、あの騎士様たち、あたしを地下じゃなくお城の裏に連れて行ったんだよ。こっそり裏から逃がしてくれて、お陰で何ともなかったよ」

「まあ、そうだったの……おばさまに怪我がなくて、ほんとうに良かったわ」


 女主人はミアの背をぽんぽん撫でると、追いついてきたクィンとヴァンに向き直った。


「ここへ来る途中に聞いたよ。アンタたちが城の……いや、この街の異変を解決してくれたって。どんだけお礼を言っても言い足りないよ」

「いいのよ。おばさまや街のみんなが無事だったのだから。それにね、お礼ならエレミア陛下から直々に賜ったの。これ以上なんて望めないわ」

「まあ、何とかなって良かった。おかみさんも、帰って家族を安心させてやんな」

「そうだね、そうさせてもらうよ」


 最後に今一度、ありがとうよ、と言うと、女主人は街の入口付近にあるパン屋へ戻っていった。その道中、知り合いらしき人たちに話しかけられては身内自慢かのようにミアたちに助けられたと話しているのが聞こえてきたが、一行は気恥ずかしさから逃げるようにして宿の通りへ潜り込んでいった。

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